【テーマ・架空日記】
ヤマブキが怒っていた。
怒りの感情は鋭い刃と同じで
触れたものを皆傷つける。
怒りの感情は地雷と同じで
知らずに踏んだものを皆吹き飛ばす。
ヤマブキ自身も例外ではない。
彼は目の前で
刃物を振り回し木端微塵に吹き飛んだ。
彼だった欠片をかき集めて
もう一度彼の姿にすることはできるけど
肝心のたましいを
呼び戻すのは難しいことだ。
喧嘩をした人間同士が
互いに傷ついて
それでも仲直りを果たすとき
喧嘩の前とは双方が
違ってしまうのは
そういう理由だと思う。
起こったことを
なかったことにはできない。
つぎはぎの治癒痕を
見ないようにすることはできても
バラけてしまうその前の
瑞々しい姿にはもう戻れない。
たましいだけが
そのことを知っているに違いない。
ヤマブキの怒りは
もっともなことだと人は言う。
付き合っているはずの彼女が
いつも心ここに在らずで
自分の方を全く見ないのでは
怒りも苛立ちも当然だと言うのだ。
刃を立てて他人を傷つけ
自ら砕け散ってその破片を
彼女に拾わせるのも
当然だと言うのだ。
そして自分達は危険を避けて
離れたところで高みの見物。
私には理解できない。
本当に立ち上がったのは
ヤマブキの中の不安と疑念と淋しさだ。
怒りや苛立ちはそれを
覆い隠すためのごまかしに過ぎない。
人は怒りや苛立ちは正当化しても
不安や疑念や淋しさに
理由を求めることはなかなかしない。
だけど
ヤマブキの淋しさなら
私にもわかる。
私も同じ淋しさを味わっている。
星子がどこにもいない。
星子の姿はここにあるのに
星子のたましいがどこにもいない。
星子の姿がここにあるから
どこを探せばいいのかもわからない。
ヤマブキの気持ちはわかる。
だから私はヤマブキの
バラバラになった欠片をかき集めた。
ヤマブキは怒りを鎮めたが
彼のこころに貼り付いた
悲しみや淋しさはそのままだ。
怒りを爆発させる前のヤマブキは
もうどこにもいない。
その明白さとは対照的に
いるはずの星子がどこにもいないことの
訳のわからない曖昧さが
私とヤマブキのこころを
無惨に引き裂いているのも
わかっている。
ムラサキはなにも感じないのだろうか。
ムラサキ、おまえだけが
以前とどこも変わらない。
星子のたましいの在りかを
ムラサキ、おまえだけが
知っているのだろうか。
ヤマブキが怒っていた。
怒りの感情は鋭い刃と同じで
触れたものを皆傷つける。
怒りの感情は地雷と同じで
知らずに踏んだものを皆吹き飛ばす。
ヤマブキ自身も例外ではない。
彼は目の前で
刃物を振り回し木端微塵に吹き飛んだ。
彼だった欠片をかき集めて
もう一度彼の姿にすることはできるけど
肝心のたましいを
呼び戻すのは難しいことだ。
喧嘩をした人間同士が
互いに傷ついて
それでも仲直りを果たすとき
喧嘩の前とは双方が
違ってしまうのは
そういう理由だと思う。
起こったことを
なかったことにはできない。
つぎはぎの治癒痕を
見ないようにすることはできても
バラけてしまうその前の
瑞々しい姿にはもう戻れない。
たましいだけが
そのことを知っているに違いない。
ヤマブキの怒りは
もっともなことだと人は言う。
付き合っているはずの彼女が
いつも心ここに在らずで
自分の方を全く見ないのでは
怒りも苛立ちも当然だと言うのだ。
刃を立てて他人を傷つけ
自ら砕け散ってその破片を
彼女に拾わせるのも
当然だと言うのだ。
そして自分達は危険を避けて
離れたところで高みの見物。
私には理解できない。
本当に立ち上がったのは
ヤマブキの中の不安と疑念と淋しさだ。
怒りや苛立ちはそれを
覆い隠すためのごまかしに過ぎない。
人は怒りや苛立ちは正当化しても
不安や疑念や淋しさに
理由を求めることはなかなかしない。
だけど
ヤマブキの淋しさなら
私にもわかる。
私も同じ淋しさを味わっている。
星子がどこにもいない。
星子の姿はここにあるのに
星子のたましいがどこにもいない。
星子の姿がここにあるから
どこを探せばいいのかもわからない。
ヤマブキの気持ちはわかる。
だから私はヤマブキの
バラバラになった欠片をかき集めた。
ヤマブキは怒りを鎮めたが
彼のこころに貼り付いた
悲しみや淋しさはそのままだ。
怒りを爆発させる前のヤマブキは
もうどこにもいない。
その明白さとは対照的に
いるはずの星子がどこにもいないことの
訳のわからない曖昧さが
私とヤマブキのこころを
無惨に引き裂いているのも
わかっている。
ムラサキはなにも感じないのだろうか。
ムラサキ、おまえだけが
以前とどこも変わらない。
星子のたましいの在りかを
ムラサキ、おまえだけが
知っているのだろうか。
【テーマ・架空日記】
空から降り注いでいたのは
氷水のような雨だった。
アスファルトに叩きつけられた雨粒は
大きな音を立ててぐしゃりと潰れる。
分不相応に買った高いブーツが
貪り食うように雨水を飲み込み
私からつま先の感覚を容赦なく奪う。
けれど冷たくなっていくこの足が
本当に私の足なのだろうかと
疑うことをいつまでも止められない。
部屋のストーブに残っていた
去年の灯油を焚いたせいか
異臭が私の肺に入ってくる。
このよどんだ空気が私の肺から
毛細血管に流れ込みそして
私の脳を少しずつ侵していくようだ。
かじかんだ指先からは
空気の冷たささえ伝わってこないのに
内部に流れる血の巡りはまさに
手に取るようにわかる。
時折こんな感覚に陥るようになって
ずいぶん経つように思う。
決まって雨の夜だ。
冬の訪れがとても寒いことも
11月の雨が異常に冷たいことも
私はずっと前から知っていた。
知っていたのに
とうに忘れられた記憶であったように
いま私に唐突に蘇ってくる。
まるで知っていたと思っていたことが
机上で学んだ空虚な知識でしか
なかったかのように
私を取り巻く環境のすべてが
私の感覚神経を悪戯に刺激して
頭でっかちの私を嘲笑っているようだ。
私は私の体が私のものであることを
本当は知らなかったのだとでも
言わんばかりの仕打ち。
感情を一切排してしまうような
11月の冷たい雨に打たれて
私はここに帰ってきた。
星子は無事に帰ったろうか。
触れたら壊れてしまいそうな星子の肩を
私は鬼のように揺さぶり続けた。
そのせいで星子は
どこか遠い深いところへ
行ってしまったような気がしていた。
けれども
ヤマブキもムラサキも
そこに星子がいるかのように
当たり前に振る舞っている。
星子はどこへも行ってない。
私が星子を見失ってしまっただけだ。
でも星子、
私は私の吸ったこのよどんだ空気が
この瞬間もあなたを侵しているような
気がしてならない。
身を切られるような氷水に
浸されているのがあなたのような
気がしてならない。
だとすれば
いなくなったのは私の方だ。
私はいったい今までどこにいて
今はどこへ行ってしまったのだろう。
古い灯油の排気を吸って
指先を揉みながら暖をとる
この私はいったい
誰だというのだろう。
空から降り注いでいたのは
氷水のような雨だった。
アスファルトに叩きつけられた雨粒は
大きな音を立ててぐしゃりと潰れる。
分不相応に買った高いブーツが
貪り食うように雨水を飲み込み
私からつま先の感覚を容赦なく奪う。
けれど冷たくなっていくこの足が
本当に私の足なのだろうかと
疑うことをいつまでも止められない。
部屋のストーブに残っていた
去年の灯油を焚いたせいか
異臭が私の肺に入ってくる。
このよどんだ空気が私の肺から
毛細血管に流れ込みそして
私の脳を少しずつ侵していくようだ。
かじかんだ指先からは
空気の冷たささえ伝わってこないのに
内部に流れる血の巡りはまさに
手に取るようにわかる。
時折こんな感覚に陥るようになって
ずいぶん経つように思う。
決まって雨の夜だ。
冬の訪れがとても寒いことも
11月の雨が異常に冷たいことも
私はずっと前から知っていた。
知っていたのに
とうに忘れられた記憶であったように
いま私に唐突に蘇ってくる。
まるで知っていたと思っていたことが
机上で学んだ空虚な知識でしか
なかったかのように
私を取り巻く環境のすべてが
私の感覚神経を悪戯に刺激して
頭でっかちの私を嘲笑っているようだ。
私は私の体が私のものであることを
本当は知らなかったのだとでも
言わんばかりの仕打ち。
感情を一切排してしまうような
11月の冷たい雨に打たれて
私はここに帰ってきた。
星子は無事に帰ったろうか。
触れたら壊れてしまいそうな星子の肩を
私は鬼のように揺さぶり続けた。
そのせいで星子は
どこか遠い深いところへ
行ってしまったような気がしていた。
けれども
ヤマブキもムラサキも
そこに星子がいるかのように
当たり前に振る舞っている。
星子はどこへも行ってない。
私が星子を見失ってしまっただけだ。
でも星子、
私は私の吸ったこのよどんだ空気が
この瞬間もあなたを侵しているような
気がしてならない。
身を切られるような氷水に
浸されているのがあなたのような
気がしてならない。
だとすれば
いなくなったのは私の方だ。
私はいったい今までどこにいて
今はどこへ行ってしまったのだろう。
古い灯油の排気を吸って
指先を揉みながら暖をとる
この私はいったい
誰だというのだろう。