【テーマ・こくご】


かなしみいっぱいの
湖の底まで沈んでいきたい

だけどかなしいことに
ぼくのからだは沈もうとしない

いくらも沈まないうちに
ぼくの息が切れてしまい

いくらも沈まないうちに
ぼくは浮力に負けてしまう


かなしみいっぱいの
海の底まで沈んでいきたい

だけどかなしいことに
ぼくのこころは沈もうとしない

いくらも沈まないうちに
懐かしい人たちがやってきて

いくらも沈まないうちに
ぼくを助けだしてしまう


かなしみいっぱいの
空の彼方へ飛んでいきたい

だけどかなしいことに
ぼくのからだは飛べやしない

いくらもかなしまないうちに
ぼくは地べたを這いつくばって

いくらもかなしまないうちに
ぼくはまた生きていこうとしてしまう


かなしみをいっぱい吸い込んで
かなしみをいっぱい吐き出して

生きていくことも
かなしむことも
どちらも同じになったなら

空も海も湖も
ぼくを追いだしたりはしないかな

どこへも行かずにすむのかな






【テーマ・架空日記】


12月になるのを皆待っていたかのように
人々の装備はいきなり重厚になった。

中綿の入ったウールコートや
ダウンジャケットにマフラーを巻いて
寒気に備えた完全防備だ。

でも中には見ているこっちが
寒くなるほど薄着の人もいる。

私もどちらかといえば
それほど着ぶくれしていない方だ。

暖かそうなコートは値段もそれなりで
私のうすら寒い財布では手が届かない。


とにかく電車のなかは
だるまさんのような人々が
押し合い圧し合い

無駄にたかれる暖房で異常に暑い。

いつか見慣れた光景だと思った
見慣れた他人たちの姿も
立てたコートの襟や
目深に被った帽子に隠されて

いまはすべての人々が
真っ赤な他人の極みになってしまった。


他人であって他人でない
そんな誰かを時々探しているような
おかしな気持ちになりながら
満員電車から必死で降りると

急に冷気が襲ってきて
額の汗を凍らせる。

なんのための厚着なのか。
私はいったい何をやっているんだ。



常に何かが欠けている。

何か足りないものがある。

いつからこんな気分になったのか
そんなことはわからないけど

満員電車を降りるたびに
車内に何かを落としてきたような
気持ちになる。

何を落としたのかわからないから
探しようも助けようもない。

何を落としたのかわからないから
困りようも嘆きようもない。

ただ何かが欠けていて
何かを思い出せない
そういう気分だけがいつまでも

徐々に冷えてく体に巡りめぐる。


もしも今、背後から誰かが
もしもしあなた、落としましたよ
とか言いながら

何かを差し出してくれたとしても

私はそれを受け取れない。


欠けているものを補ってはいけない。
忘れたものを思い出してはいけない。

何故だか強くそう思う。

それで他人の好意を
踏みにじることになっても
仕方がないとさえ思う。

イヤなやつだと我ながら思う。

わざと欠けた不良品で
あえて忘れた記憶喪失

そんな私でいるあいだ
誰も私を愛さないで欲しい。

欠けているものを補ってはいけない。
忘れたものを思い出してはいけない。

優しさも愛も受け取ってはいけない。











【テーマ・架空日記】


水滴は上空で凝固し
状態を変化できないまま地表に落ちる。

それは辺りを一変させ
まるで別世界のように
その景色を塗り替える。

昨日までの景色を
思い出せないことに初めて気づき
昨日までの景色を
覚えておかなかったことを悔やむ。

それが冬の始まり。


どうりで凍えたこころでは
涙もうまく流れない。

こころの奥深くで水分は凝固し
状態を変化できないままこころに留まる。

それが辺りを一変させ
まるで別世界のように
その景色を塗り替える。

もう昨日までの私ではない。

昨日までの私を思い出せない。



誰を探していたのかも
忘れてしまいそうでこわい。

星子、あなたを
忘れてしまいそうでこわい。

悔しいがムラサキ、
おまえだけが頼りだ。


今年最後だったかもしれない雨の日に
私はムラサキに会いに行った。

ムラサキが星子の居場所を
本当に知っているのか確かめたかった。

でも、そんな必要はなかった。

星子は

ムラサキ、おまえのなかにいた。


私が見失った星子でもなく
ヤマブキが欲しがった星子でもなく

もともとおまえのなかにいた
星子がいまでもそこにいた。

まごうかたなき星子の姿。



星子が唯一無二の存在だなんて
いったい誰がそう言ったのだろう。

どの星子も必ず星子で
おまえのなかの星子以外が
星子ではないなんて
どうして私が言えるだろう。


私が探しているのは
私が壊した星子だけれど

星子、もしも私が明日あなたを忘れても
どうかいつか戻ってきて欲しい。

雪に埋もれて凍えた大地に
春が来て再び緑が萌える頃には

空が再び涙を落とす頃には

星子、どうか戻ってきて欲しい。




ムラサキはあなたを愛している。