【テーマ・ほけんたいいく】



人は一晩で少なくとも4~5回
夢を見ているそうです。

多くて100回見るという
実験記録もあるみたいです。


ふつう覚えているのは
その日一番最後に見た夢であることが
多いそうです。

わたしが目覚めのあと
習慣的に反芻するのも
たいがい直前に見ていた夢です。

思い出す間もなく
煙のように消えてしまう夢もあります。

逆に思い出したくなくても
脳裏に染みついて離れない
しつこい夢もあります。


夢ですっかり疲れてしまい
朝を爽やかに迎えられない日もあります。

夢なんか見ずに
ぐっすり眠りたい。

息子によれば
「夢を見なかったと思う日も
実は必ず見ているのに
それを忘れているだけだ」
そうですから

夢を見ないことは
見果てぬ夢なのかもしれません。


わたしは一晩で夢を何話見るのか
はっきりとはわかりませんが
複数回見ているのは確かです。

以前、息子と
「何回分覚えてられるかなぁ」
なんて雑談したのがきっかけで

無意識に夢を数えるように
なってしまいました。

ある夢の中で
その前に見ていた夢を
思い出すようになってしまって

その次に見る夢でも
夢を思い出している夢を
思い出すようになってしまって

パイ生地を折り畳むみたいに
夢に夢が畳み込まれてしまいます。

朝、目覚めて反芻するのは
直前に見ていた夢であるはすが
遠い昔の記憶を探るような
果てしない作業をしているような
気がしてきます。


とてつもなく疲れるので
もう夢を見たくないと
思ってしまうくらいです。

夢の中で
ああ、また夢を見ている
と気づいたときの落胆が

朝まで残ってしまいます。





夢なんか
見るがままに見ておればよいのに

どんな夢を見たからこうだとか
あんな夢も見たからどうだとか

要らぬ邪推で
せっかくの自然現象が台無しです。

レム睡眠が何回だとか
夢に気づけば数えられるとか

要らぬ分析や好奇心を挟むから
せっかくの気分が台無しです。



もう、夢なんか見たくない

そんな風に思ってしまったら


起きている間も夢を抱けない
さみしい人間になってしまいそうで

夢に疲れてしまったら
生きるのにも疲れてしまいそうで

今晩からは

当たり前に夢を見て
当たり前に生きていたい

と、思いました。

夢なんか
見るがままに見ていたらいいんです。

生かされるがままに
ひとは生きていたらいいんです。













【テーマ・架空日記】



突然訪れた季節は
異様なほどよそよそしくて
毎朝袖を通すコートの重さも
一向に肩に馴染まない。

出掛けに背後からかけられる
家族の声すらはるか遠く
たとえ振り返っても
望む姿は見えないだろうと思う。

駅までのみちのりはさらに遠く
足取りはコートよりことさら重い。

自分の体が自分のものでないかのように
私を取り巻く全てのものが
私の内部に抵抗と圧力を強いてくる。

冬のはじまりは
いつもこんなだったろうか。

わずか365日前の記憶さえ
何光年も離れた惑星に忘れてきたようだ。

知っているのに知らない。
ここにいたのにいなかった。

言葉にすると馬鹿げていてるのに
その言葉を飲み込めば妙に腑に落ちる。

ワタシハ ココニ イナカッタ。



電車を降りた駅の改札で
村崎君を見かけた。

見覚えのない女の子と連れ立って
二人で階段を上っていく。

新しい彼女なんだと思う。


つい最近まで
このモヤモヤを
誰かに相談していた気がする。

私の中のだれかさんに。

誰も知らないこの気持ちを
誰でもない誰かに打ち明けて
全部をわかってもらっていたような
そんな気がする。

そんなわけはないのに。

確かに私の周りからは
山吹君をはじめたくさんの人が
最近どっさりいなくなったけれど

私を孤独にしたのは
去っていった人達じゃない。

私をこんな風に孤独にしているのは

いたかどうかもわからない
私の中のだれかさんと

何光年も離れた惑星に
忘れてきてしまった記憶と
それから

今も確かにそこにいる
村崎君の存在。

彼の確かな存在が
私を最も孤独にする。


電車の中でかいた汗が冷えて
コートの中で体が震えだしても
暖かい場所なんか

これっぽちも恋しくない。

喉まで溢れる言葉を飲み込んで
五臓六腑に染み込ませる。

ワタシハ ココニ イナカッタ。