【テーマ・ひるやすみ】


北緯43度まで
桜前線が届きました。

南のみなさんが寄せて託した
思いも一緒に届いています。

うつくしいですね。

喜びも悲しみも
分け隔てなくうつくしい。

どんな思いも感情も夢でさえも
さくらにかかれば
儚く散ってしまいます。

ひとのゆめと書いて儚い

さくらの散る姿は

昇華の具現化だと思います。



今年のさくら
しかと受けとめました。





【テーマ・さんすう】


「ほらね、同じでしょ」
「ああ本当だ、おんなじなんだね」

こんな会話が成立するとき
ふたりの気持ちは一瞬でも
ぴったりと寄り添っていて

とてつもなく安心しますね。

わたしたちのこころは
良くも悪くも差異に反応し
バランスを取るために動きますから

等しいという現象に
どことなく平安を覚えます。

しかし
数や図形の世界において
等式が成り立つ場合というのは
実はけっこう稀なケースであり

同じように
人間関係を含む日常生活においても
完全一致という現象はとても
稀有な現象だと言えるでしょう。

この世に全く同じものなど
存在し得ないのだとしても

形がいっしょ
重さがいっしょ
境遇がいっしょ
感性がいっしょ

そんなごく限られた一点に
的を絞って等号で結ぶことが
関係に安定をもたらします。

共通の解や範囲を求める
連立方程式や連立不等式は
精神衛生にもいいと思います。



ところで
等式の証明の方法のひとつに
左辺から右辺を引いて
(あるいは右辺から左辺を引いて)
0になることを示すやり方が
ありますが

これをやってて
ちょっと怖くなりました。

A=B
   ↓
A-B=0

おんなじだと
無くなっちゃうんですね…

または

A=B
   ↓
A+(-B)=B+(-B)

同じ計算の変形途中ですが

B君が自分と相反するものを受け入れて
同じものをA君にも与えると
ふたりともいなくなってしまう

そんな物語が見えてきます。
(わたしだけだと思いますが)


お互い未知数で
定数でない相手に向かい合い
等号のあちらとこちらで
つり合っているときは
とても安心していられるのに

もしB君がA君にもっと近づきたくなって
A君のいる左辺に行こうと思ったら
(文字通り移項ですね…)
自分を打ち消して
もとの自分と反対の姿でしか
会いに行くことができない。

(反対という言い方は語弊ありますが)

せっかく捨て身で
A君に会いに行ったのに
A君もまた打ち消され

誰もいなくなってしまう

究極の平安です。


ちょっと怖いと思うのは
わたしだけかもしれませんが

等式の証明とは
残酷なものだなぁと

思わず感慨にふけってしまいました。



あなたとわたしが
互いに同じだってことを
みんなにわかって欲しかった

それだけなのに

あなたもわたしも
消えてしまった

こんなことになるのなら
鏡の向こうで見てればよかった

あなたとわたしの等しさを
ただ感じていればよかった

消えて無くなってしまったら
等しいかどうかもわからない

みんなにわかって欲しかったのに
だれもわたしたちを探せない