【テーマ・さんすう】


暗闇の座標空間

こころにブレを感じた時
わたしはいつもこの空間を思う

自分の位置を決定する座標
それは固定された足枷に思えて
実はあらゆる方程式の解である

いま

y=χの直線上にあるつもりで
果てしない未来を思っているが

そこは
y=χ2 の放物線の上でもあり

y軸という鏡の向こうには
深い縁のある座標が解として存在し

すなわち
いまここの座標は
あるべき姿を決定するものではなく
ある集合体のなかのひとつにすぎない

そして
その集合体はあらゆる方程式であり
次元を超えた関わりが
座標空間のなかでひしめき合っている

ひととの関わりに絶望しそうな時
わたしはいつもこの座標を思う

関数を学べば
人間関係など
接点があるかどうかの
非常に稀なケースの検証にすぎないとわかり

どの座標に立っていようと
そこはあらゆる人間関係の
無限の解の組み合わせのなかの
ほんのひとつにすぎないとわかり

それは絶望とは程遠く

また希望とも関わりがなく

単なる可能性の世界であると思えて

絶望は探求心に変わる


ヒントは
遠い昔の
中学の教科書のなかに…


【テーマ・こくご】


昔はこの交差点も
朝は通勤通学の連中で
昼は買い物の母ちゃん達で
夜は陽気な酔っぱらいで
一日中賑やかだったもんだ

小さい子の手を
大きい子がひいてやって
小さい子は反対の手を
それは誇らしげに挙げたもんだ

おれはそんな子どもらを見ると
つい真っ赤になっちまってうっかり長いこと車の連中を
待たしちまったりして
びいびいラッパを鳴らされたんだが

小さい子も大きい子も
車にひかせたことは
生まれてこのかた一度もない

おれの立ってるこの交差点で
交通事故なんか起きたことは
一度だってなかったんだ


いつだったか目の前で
ランドセルに背負われたみたいな
小さい小さい女の子が
うっかりつまづいて転んだ時は
ヒヤッとして青くなっちまって
危うく奴らが突っ込んで来るんじゃないかって
焦ったりしたこともあるが

おれは毎日
赤くなったり
青くなったり
繰り返しながら

この交差点でやってきた


そのうち近くの駅が壊されて
路線が廃線になったもんだから
ずいぶん仕事がラクになった

それから近くの学校が廃校になってな
この辺りはずいぶん寂しくなった

転んだあの子もしばらく見ない
どっかに嫁にでも行っちまったか

朝も昼も夜も
ずいぶん寂しくなっていった

だがおれは交差点で
ずっと前からそうしていたように
毎日毎日
赤くなったり
青くなったり
繰り返していたんだ

どうせ誰も見ちゃあいない
どうせ誰もやってこない

おれはそのうち
毎日毎日
赤くなったり
青くなったり
できなくなっていった

きっと面倒になったんだな
おれは夜点いて朝消えるような
街灯の野郎とは違うんだ

おれは毎日毎日
赤くなったり
青くなったり
そうやって過ごして
交差点で死人はもちろん
かすり傷ひとつ負ったやつも
一人だっていやしないんだ

猫の子一匹通らない
交差点を見下ろしていたら
おれはいつの間にか
赤くもなけりゃ
青くもなくなっていた

おれは面倒になったんだ



そのとき奴らがやってきた

おれが故障したと思ってやがる
おれは面倒になったから
おれの意志で光らないんだ

そう言ってやろうと思ったとき
やつらは言ったんだ


過疎地の信号機ですし
撤去でよいでしょうな

100メートル先に
ボタン式がありますから



おれは唖然とした

おれは信号機だったのか
あの連中はおれを支配していたというのか
おれはあの連中の命令で
赤くなったり青くなったり
繰り返していたっていうのか


おれはすぐに撤去された

あの子がつまづいた交差点は
おれの交差点じゃなくなった


だったらそうと
もっと早く気づけばよかった

おれが信号機だと知っていたら
おれには別の自由があった

おれが信号機だと知っていたら
おれは今でも
毎日毎日
赤くなったり
青くなったり
繰り返していた

いつかあの子が
あの子の小さい赤ん坊を
連れておれの交差点を渡るまで

おれは毎日
赤くなったり
青くなったり

繰り返しながら
待つことだってできたのに



昔はこの交差点も
朝は通勤通学の連中で
昼は買い物の母ちゃん達で
夜は陽気な酔っぱらいで
ホントに賑やかだったもんだ

おれは毎日
赤くなったり
青くなったり

繰り返していたもんだ



【テーマ・こくご】


凍える極寒の土地で
少女は懸命に暖をとる

古い衣服に身をくるみ
小さな灯りをともしながら
暖かい日々の夢をみて
小刻みに震える小さな体も
わずかな体力を使って
発熱しようとする
健康な体の贈り物と信じて

北の果てに生まれついたことなど
知らないままに
ひたすらにひたむきに
少女は懸命に暖をとる



そこへあの大男が
またやってきた

吹雪のなかを肌着ひとつで
寒い寒いと震えている

少女は着ていた服を
一枚一枚脱いでは大男をくるみ
大きな背中をさすってみるが
大男の寒さは和らがない

大男は少女の衣服をすべて奪い
少女の小さな体から
少女の体温をすべて奪った

それでも大男の凍てつく寒さは
一向に和らがない

大男は世界の広さを知り尽くし
北の果てに逃れたことを知っていた

極寒に生きている少女は
冷たくなる体が硬くなる前に
最後の熱源を大男に与えた

少女は大男の腹のなかで
少しずつ溶けてゆきながら
暖かい日々の夢をみた



大男が北の果てから旅立つことなく
氷のなかで息絶えるとて

少女には知るよしもない