【テーマ・こくご】


いつのことか
もうわからない

誰もいない部屋で
ひとりでいたら
急に悲しくなった

悲しくても
どうしたらよいか
わからず
誰にも会わないように
ひとりでいたら

誰かがぼくを呼んだ

ぼくがかわいいから
何かひとつだけ
願いをかなえてくれるって
声は言うんだ

きっと神様かな
そう思ってぼくは

ぼくに
ぼくだけの
時間をください

って頼んだんだ

その日から
ぼくの一日は
他の誰かの一日より
一分だけ多くなった

ぼくは元気になった

みんなの知らない
ぼくだけの一分を手に入れて
ほかの時間のぼくは
見違えるように
元気になった

だって

悲しいことがあったら
ぼくだけの一分の間に
思い切り泣いた

悔しいことがあったら
ぼくだけの一分の間に
思い切り悔やんだ

腹がたつことがあったら
ぼくだけの一分の間に
思い切り怒った

誰も知らないぼくだけの時間が
みんなの知ってるぼくを
元気にしてくれていた


ぼくが少し大きくなって
はじめて女の子を好きになったとき

ぼくだけの時間に
はじめてお客がやってきた

お客はいつも黙ったまま
お面みたいに変わらない表情で
笑っているようにも
悲しんでいるようにも見えた

ぼくが失恋したとき
お客はやってきて
ぼくはいっぱい泣いた

ぼくらの時間は
一日に一分ずつ
他のひとより多かったから
ぼくの人生は
少しずつみんなとは
ずれていった

だけどそんなこと
どうでもよかった

どうでもよかったんだ



ぼくはすっかりおとなになって
結婚もして子どももできた

だけど何かがおかしいんだ

何不自由なく暮らしていても
いつも何かが足りない気がする

友達と話していても
ぼくだけなんだか
子どもなんだ

奥さんと話していても
ぼくのことを
わかってないんだ

子どもたちと遊んでいても
ぼくのことを
馬鹿にするんだ

ぼくは気がついた
ぼくは他人より
一分長い一日を持っているから
ぼくだけずいぶん子どもなんだ

たった一分と思っていたけど
長く生きればその分だけ
ぼくだけの時間は
何日にも何年にもなるんだ

そして
ぼくがぼくだけの時間を
持っていることは
友達も奥さんも子どもたちも
誰だって知らないんだ

ぼくのことを
知らないんだ

ぼくが悲しくて泣いたことも
ぼくが悔しくて暴れたことも
ぼくが失恋して傷ついたことも

誰も知らないんだ


ぼくはこわくなって
あの日のお客を探した
そのために
一日に一分じゃ
ぼくの時間は足りなくなった

だからぼくは
みんなと同じ時間を使って
ぼくのなかのお客を探した

友達はいなくなり
奥さんも子どもも
出ていった

だけどお客は見つからないんだ

一日に24時間と一分
寝ることも食べることもやめて
ぼくはお客を探したけれど
もうずっと見つからないんだ


ぼくに
ぼくだけの一分を
くれたあの声は
一体誰だったのかな

あのひとなら
お客を見つけてくれるかな

もしあのひとが
本当に神様なら
会いに行ったら
ぼくのおねがい
きいてくれるかな






ぼくは急に目を覚ました
ぼくにぼくだけの時間を
与えたのはぼくだった

ぼくは布団のなかで
ひとりで泣いた
ぼくは顔で笑って
こころで泣いた

ぼくは失恋したけれど
好きだったあの娘は
しあわせになった

ぼくだけの時間なんか
はじめからなかった
ぼくが独り占めしていたのは
時間なんかじゃなかったんだ


ぼくは急に悲しくなった
ぼくはみんなと同じ時間のなかで
おいおい泣いた

もう神様の声は聞こえなかった



【テーマ・こくご】


きみは私の名前を呼ぶが
君が呼ぶのは私だろうか


君が呼ぶ私の名前は
かつて別の者の名前だった

君が呼ぶ私の名前は
私の父が込めた願いだ

君が呼ぶ私の名前は
私を導くみちしるべだ

君が呼ぶ私の名前は
私を縛る呪いの呪文だ

君が呼ぶ私の名前は
私でない者を消し去る魔法だ

君が呼ぶ私の名前は
君が知ってる私の姿だ

君が呼ぶ私の名前は
君と私をつなぐ命綱だ

君が呼ぶ私の名前は
君のなかの私の記号だ

君が呼ぶ私の名前は
私が死んでも残る軌跡だ


きみは私の名前を呼ぶが
君が呼ぶのは私だろうか

もしも私が振り返ったら
きみは嬉しく思うだろうか


【テーマ・りか】


地球という惑星が
誕生してから現在まで
多くの種が絶滅してきたことを
わたしたちは知っている

それは人類が世界に誕生する以前の
はるか太古から繰り返されていた
人智の及ばない生命の営みであると
わたしたちは知っている

宇宙の歴史のなかで
人類が刻んだ時間が
ほんのわずかに過ぎないことも
わたしたちは知っている

人類が生まれるその前に
地球規模で生態系は
多様な変容を遂げてきた

地殻変動
氷河期

多くの種がそのなかで
誕生と絶滅を繰り返す


わたしたちは
人類もまた
生態系のなかの
ひとつの種に過ぎず
誕生した以上
いつかは絶滅することを
知っている

すでに絶滅したある種を思えば
それはちょうどわたしが
子どものころに失った祖父を思い

いま滅びつつある絶滅危惧種を思えば
それはちょうどわたしが
いつ失うかもわからない
大切なひとたちを思い

絶滅の不安を抱えながら存在する人類を思えば
それはちょうどわたしが
いつ失っても不思議のない
自らのいのちにすがり付く姿を思い浮かべる


いつかは滅ぶという記憶が
いつかは死ぬという未来と
不思議にリンクして

人類滅亡の危機感に
手に負えない絶望を抱き

いま生きているはずのいのちの尊ささえ
不安と絶望に覆い隠され
見えなくなってしまう


いまも多くの種が
地球上から姿を消している

人類も例外ではないと
わたしたちは知っている


それでもいまは
生きている

生態系の一部として
人類の末裔として
地球の生命体として
宇宙のなかの有機物として
誰かの子孫として
人間社会の一部として
あなたの友として
あなたと同じ種として

人類として

いつかは滅ぶ種族であるという
不安を共有しながら

いつかは死にゆく身であるという
恐怖を共有しながら

ひとつの同じ生命体であるという
記憶を共有しながら

いまこの瞬間を
生きているのだ