【テーマ・そうさく】
音の正体は空気の振動なんだと
ぼくは耳許に涼しい風を感じて
あらためて知り直した。
その音は微かなそよ風と共に
ぼくに小さな青い鳥が
羽ばたくさまを思い出させてくれた。
まだ暗がりのなかにいながら
小さな青い鳥はほんのり
光り輝く羽を震わせて
ぼくを薄明かりの方へ
導いてくれるようだった。
ぼくの右隣の席に
その日は先客が座っていた。
ぼくはいつだって
決まって左から二番目の席にいて
彼らはいつだって
ぼくの右隣の席に座るものだと
ぼくはいつも思っていたけれど
そうか、ぼくは
いつだって彼らの
左隣に腰を掛けて
いるだけなんだ。
右だとか左だとか
ぼくはどうして思うのだろう。
それはぼくが
暗がりのなかから薄明かりの方へ
やってきたときに
ぼくがぼくの目が見えていることを
ことのほか大事にしているからだ。
そしてぼくは
どうしてか
ぼくの左側にある椅子に
誰かが腰を掛けてしまうのを
ことのほか恐れているからだ。
先客はもうずいぶん
酔っぱらっているみたいだった。
うつろな瞳をぼくに向けると
しわがれた声でぼくに言った。
「あれはインコだ。」
ぼくは少し戸惑った。
ぼくは確かにインコを知っていたけれど
ぼくの頬に風をあてて
飛んでいったあの鳥のことを
酔っぱらいがインコだと
決めてかかるのが
どうしてか不思議だった。
「やれやれ、やっぱり
ここもかごの中だったなぁ。
俺はどうにもかごの中なんだ。
このバカヤロウ。」
酔っぱらいは
透明の飲み物を煽りながら
今度はぼくを見ないで言った。
もしも酔っぱらいが
うつろな瞳をぼくに向けて
バカヤロウだと言ったとしたら
ぼくはこの酔っぱらいが
ぼくのことをバカヤロウだと
言ったように思ったろうか。
「インコなんて鳥は
羽なんか要らんのさ。
やつらは始終人まねしてりゃ
それだけでインコなのさ。
胸くそ悪い。」
ぼくはきっと
バカヤロウだと言われても
構わなかったのだけれど
いくらこの酔っぱらいが
バカヤロウだアホンダラだと
ぼくに言ったとしても
ぼくはインコだと決めつけられた
あの青い鳥のことを
ただ気の毒に思うだけだったと思う。
だから
この酔っぱらいが
誰にともなく腹をたて
バカヤロウと呟くのを
ぼくは本当に気の毒に思った。
透明の飲み物から
ウォッカの香りがした。
そのときだった。
ぼくはあり得ないほど
驚きながら左側に耳を傾けた。
ぼくの左隣の小さな椅子の
その脇に
小さな女の子が立って言った。
《わたしの小鳥を知らない?》
ぼくは
ぼくの狼狽の理由さえわからないまま
竜巻が起こるほど強く強く
首を振った。
小さな女の子は続ける。
《わたしの大事な小鳥なの。
あの子は明かりが好きだから
きっとここを通ったと思うの。》
ぼくは確かに
青い鳥を知っていたけれど
その正体が空気の振動だなんて
思ってしまったり
隣の酔っぱらいが
インコだと決めつけてしまったり
したことを
どうしてこの子に
言えるだろうか。
《叔母さんからもらった
大事な小鳥なの。
お母さんは
わたしがかごをこうやって
いっぱい叩いたから
死んだんだって言うの。
でも、あの子は明かりが好きだから
きっとここを通ったと思うの。
わたしの小鳥を知らない?》
ぼくはぼくを
いまここまで導いてくれた
光る羽のあの鳥が
本当はこの子を導いていたことを
そのとき知ったのだけれど
まさか酔っぱらいに捕まって
かごの中に閉じ込められたなんて
どうしても言えなかった。
《知らないの。
じゃあ向こうを探してくるね。》
そう言って小さな女の子は
小さな風を起こしながら
薄明かりのなかから
消えていった。
ぼくの頬に微かにさわる
小さなその風は
ウォッカの香りを
すっかり吹き飛ばしていた。
するとぼくの
右隣の酔っぱらいが
かすれた声で言った。
「見つかりゃしねえさ。
あの子の鳥は母親が殺した。
そんでもう埋めちまった。
あの子が死骸を見つけたら
母親はあの子が殺したって言うさ。
そんなことを鳥はさせねえ。
あの鳥はもう二度と
あの子の前には現れねえよ。」
ぼくはあの子が
ぼくの左隣に来てくれたのに
椅子には腰かけなかったことを
気にしていた。
息を切って小鳥を追う
あの子の小さなからだを抱き上げて
ぼくの隣に座らせて
一緒に小鳥の話をしたらよかった。
なのにぼくは
あの子が消えてしまってから
そんな風に思うだけだ。
ぼくはバカヤロウだ。
「あれはインコだ。
大人がもて余して子どもに押しつけた
人まねしか出来ねえインコなんだ。」
酔っぱらいは
ウォッカの香りを追いかけて
薄明かりのなかから消えていった。
ぼくは
あの小さな女の子が
小鳥と呼ぶくらいに小さな鳥なら
きっとハチドリかもしれない
そう思いながら
左の頬に残った
あの子と
青い鳥の
同じ風を感じていた。
音の正体は空気の振動なんだと
ぼくは耳許に涼しい風を感じて
あらためて知り直した。
その音は微かなそよ風と共に
ぼくに小さな青い鳥が
羽ばたくさまを思い出させてくれた。
まだ暗がりのなかにいながら
小さな青い鳥はほんのり
光り輝く羽を震わせて
ぼくを薄明かりの方へ
導いてくれるようだった。
ぼくの右隣の席に
その日は先客が座っていた。
ぼくはいつだって
決まって左から二番目の席にいて
彼らはいつだって
ぼくの右隣の席に座るものだと
ぼくはいつも思っていたけれど
そうか、ぼくは
いつだって彼らの
左隣に腰を掛けて
いるだけなんだ。
右だとか左だとか
ぼくはどうして思うのだろう。
それはぼくが
暗がりのなかから薄明かりの方へ
やってきたときに
ぼくがぼくの目が見えていることを
ことのほか大事にしているからだ。
そしてぼくは
どうしてか
ぼくの左側にある椅子に
誰かが腰を掛けてしまうのを
ことのほか恐れているからだ。
先客はもうずいぶん
酔っぱらっているみたいだった。
うつろな瞳をぼくに向けると
しわがれた声でぼくに言った。
「あれはインコだ。」
ぼくは少し戸惑った。
ぼくは確かにインコを知っていたけれど
ぼくの頬に風をあてて
飛んでいったあの鳥のことを
酔っぱらいがインコだと
決めてかかるのが
どうしてか不思議だった。
「やれやれ、やっぱり
ここもかごの中だったなぁ。
俺はどうにもかごの中なんだ。
このバカヤロウ。」
酔っぱらいは
透明の飲み物を煽りながら
今度はぼくを見ないで言った。
もしも酔っぱらいが
うつろな瞳をぼくに向けて
バカヤロウだと言ったとしたら
ぼくはこの酔っぱらいが
ぼくのことをバカヤロウだと
言ったように思ったろうか。
「インコなんて鳥は
羽なんか要らんのさ。
やつらは始終人まねしてりゃ
それだけでインコなのさ。
胸くそ悪い。」
ぼくはきっと
バカヤロウだと言われても
構わなかったのだけれど
いくらこの酔っぱらいが
バカヤロウだアホンダラだと
ぼくに言ったとしても
ぼくはインコだと決めつけられた
あの青い鳥のことを
ただ気の毒に思うだけだったと思う。
だから
この酔っぱらいが
誰にともなく腹をたて
バカヤロウと呟くのを
ぼくは本当に気の毒に思った。
透明の飲み物から
ウォッカの香りがした。
そのときだった。
ぼくはあり得ないほど
驚きながら左側に耳を傾けた。
ぼくの左隣の小さな椅子の
その脇に
小さな女の子が立って言った。
《わたしの小鳥を知らない?》
ぼくは
ぼくの狼狽の理由さえわからないまま
竜巻が起こるほど強く強く
首を振った。
小さな女の子は続ける。
《わたしの大事な小鳥なの。
あの子は明かりが好きだから
きっとここを通ったと思うの。》
ぼくは確かに
青い鳥を知っていたけれど
その正体が空気の振動だなんて
思ってしまったり
隣の酔っぱらいが
インコだと決めつけてしまったり
したことを
どうしてこの子に
言えるだろうか。
《叔母さんからもらった
大事な小鳥なの。
お母さんは
わたしがかごをこうやって
いっぱい叩いたから
死んだんだって言うの。
でも、あの子は明かりが好きだから
きっとここを通ったと思うの。
わたしの小鳥を知らない?》
ぼくはぼくを
いまここまで導いてくれた
光る羽のあの鳥が
本当はこの子を導いていたことを
そのとき知ったのだけれど
まさか酔っぱらいに捕まって
かごの中に閉じ込められたなんて
どうしても言えなかった。
《知らないの。
じゃあ向こうを探してくるね。》
そう言って小さな女の子は
小さな風を起こしながら
薄明かりのなかから
消えていった。
ぼくの頬に微かにさわる
小さなその風は
ウォッカの香りを
すっかり吹き飛ばしていた。
するとぼくの
右隣の酔っぱらいが
かすれた声で言った。
「見つかりゃしねえさ。
あの子の鳥は母親が殺した。
そんでもう埋めちまった。
あの子が死骸を見つけたら
母親はあの子が殺したって言うさ。
そんなことを鳥はさせねえ。
あの鳥はもう二度と
あの子の前には現れねえよ。」
ぼくはあの子が
ぼくの左隣に来てくれたのに
椅子には腰かけなかったことを
気にしていた。
息を切って小鳥を追う
あの子の小さなからだを抱き上げて
ぼくの隣に座らせて
一緒に小鳥の話をしたらよかった。
なのにぼくは
あの子が消えてしまってから
そんな風に思うだけだ。
ぼくはバカヤロウだ。
「あれはインコだ。
大人がもて余して子どもに押しつけた
人まねしか出来ねえインコなんだ。」
酔っぱらいは
ウォッカの香りを追いかけて
薄明かりのなかから消えていった。
ぼくは
あの小さな女の子が
小鳥と呼ぶくらいに小さな鳥なら
きっとハチドリかもしれない
そう思いながら
左の頬に残った
あの子と
青い鳥の
同じ風を感じていた。
【テーマ・どうとく】
春休みのあいだに
不要品をだいぶ処分しました
組み立て家具を購入し
春休み中の子どもたちに
手伝ってもらいながら
引き出しつきの棚をつくり
これまで使っていた
カラーボックスは
納戸のなかの
整理棚として生まれ変わり
開かずの扉だった
薄暗い納戸も
持ち物のの出入口に
なりました
開かずの扉には
見えない門番がいて
放り込んだ品物が
溢れ出ないよう
いままでずっと長い間
見張っていてくれました
このたび
わたしの好きな
深いこげちゃの飾り棚を
「ダークブラウンなんか
部屋が暗くなるからダメだ」
という無言の反対意見を
なんとか乗り越え
手に入れたことで
門番とわたしは和解し
長い間眠らされていた
数々の品物を
あるべき場所に帰すことが
できました
大小あわせて
10袋以上のゴミ袋を
捨てました
大型ごみも
出しました
そのなかには
かつて飼っていた
犬のトイレも
含まれました
引っ越しのたびに
持ち歩いた古い箱も
壊れた文具も
お別れしました
捨てるに忍びない
品物もなかにはありました
それらを袋に詰め
箱をたたみ
紐で結わえるわたしを
そばで門番が
見守ってくれました
本当に大切なものを
わたしが誤って捨てないよう
本当は要らないものを
わたしが誤って仕舞い込まないよう
そばで見守ってくれました
もうずいぶんたくさんの
不要品を処分したと
思っていたのですが
このたびまとめた袋の
さらに倍くらいの
不用品が見えてきました
自信もないのに
宣言はしたくないのですが
夏には仕事につくつもりです
だから
この春のあいだに
住まいの手入れを
十分に行いたいのです
ただの片付けに見えて
実際は結界の解放です
捨てられない思いや
逃れたくない過去や
迷えるたましいを
それ以上傷つなかいよう
過保護に閉じ込めていた
自分で張った結界を
わたしが自分で
内側から破るのを
門番は黙って
見守ってくれます
捨の生活は
これからが
本番なのだと
思います
春休みのあいだに
不要品をだいぶ処分しました
組み立て家具を購入し
春休み中の子どもたちに
手伝ってもらいながら
引き出しつきの棚をつくり
これまで使っていた
カラーボックスは
納戸のなかの
整理棚として生まれ変わり
開かずの扉だった
薄暗い納戸も
持ち物のの出入口に
なりました
開かずの扉には
見えない門番がいて
放り込んだ品物が
溢れ出ないよう
いままでずっと長い間
見張っていてくれました
このたび
わたしの好きな
深いこげちゃの飾り棚を
「ダークブラウンなんか
部屋が暗くなるからダメだ」
という無言の反対意見を
なんとか乗り越え
手に入れたことで
門番とわたしは和解し
長い間眠らされていた
数々の品物を
あるべき場所に帰すことが
できました
大小あわせて
10袋以上のゴミ袋を
捨てました
大型ごみも
出しました
そのなかには
かつて飼っていた
犬のトイレも
含まれました
引っ越しのたびに
持ち歩いた古い箱も
壊れた文具も
お別れしました
捨てるに忍びない
品物もなかにはありました
それらを袋に詰め
箱をたたみ
紐で結わえるわたしを
そばで門番が
見守ってくれました
本当に大切なものを
わたしが誤って捨てないよう
本当は要らないものを
わたしが誤って仕舞い込まないよう
そばで見守ってくれました
もうずいぶんたくさんの
不要品を処分したと
思っていたのですが
このたびまとめた袋の
さらに倍くらいの
不用品が見えてきました
自信もないのに
宣言はしたくないのですが
夏には仕事につくつもりです
だから
この春のあいだに
住まいの手入れを
十分に行いたいのです
ただの片付けに見えて
実際は結界の解放です
捨てられない思いや
逃れたくない過去や
迷えるたましいを
それ以上傷つなかいよう
過保護に閉じ込めていた
自分で張った結界を
わたしが自分で
内側から破るのを
門番は黙って
見守ってくれます
捨の生活は
これからが
本番なのだと
思います