どうも、皆さん!!
今回も自身の考えを,下手な言葉ながら伝えていければと思います。
【自由と責任】
よく自由には責任が伴うといいます。その通りだと僕も思う。
例えば他者を信頼して,ある程度の自由を与える。
勿論,与えられた側はその自由に対して責任も必然的に負う。
…と同時に、その自由を与えた側。
その人も他者に自由を与えるという選択の行使=選択の自由を行ったという事になると思う。
結果,互いにどんどんと関係・形を変え,独立はしていくけど、常に"自由と責任"は人間誰しもが持っているモノだと感じた。
昔は責任は負いたくな~い。自由がいいな~,…とか言ってた。
でもいま思うのは,この"自由と責任"で、"責任"の方に魅力を感じる事が出来た時こそ、プロフェッショナルへの一歩なのかもしれないと思った。
【個と輪】
これもスポーツでも何でも,よく耳にする言葉。
組織力か個人力か…とかね。
僕が思うのは,まず一人一人が"個"でなければならないと思うんだ。
"個"として自覚し責任を負う。
最初は"個"から入るべきだと。その道先が輪である。
一人一人が始めから輪に浸る、逃げ場を作るのは絶対的にダメだと思う。
ただ各々で独立した個のどこかが失敗した時に、他の個が輪を作る,輪で覆う。
そんな姿こそが"個と輪"のあるべき姿の一つなんじゃないかと思います。
【何に生きる】
あれしたい,これしたい。あれは我慢,これは我慢…。
皆それぞれが,どう生きたいかというのは当然ある訳で。
僕はそこで自分を見つめると,いつも想う事がある。
『人として人に生きる』
まず自身は"人"であると思うの。
こんなに色々と考えたり,悩んだり、言葉を駆使したり。
そしてそんな自身は夢に生きる,現実に生きる以前に、人に生きている・生きてきたと感じるんだ。
そう,だから僕は一人の生身の存在として、いつもこの語を忘れない。
『人として人に生きる』
【6.20】
話はガラッと変わり,遂に決まりました。
日本人世界王者同士によるボクシングの統一戦。
WBA世界ミニマム級王者・八重樫東
×
WBC世界ミニマム級王者・井岡一翔
マジでこの日は大阪に行こうかと考えてしまうくらい。
↑そんなお金は全くないのだが(>_<)
欧米では一人の王者が何団体も制覇していて、複数本ベルトを同時に持っているのはよくあるんだが。
いや,しかし既にシビれてます!!
格闘技ってこの試合当日までのワクワク・煽り感が、他には無くたまらない点の一つ。
【裸のアスリート】
先日,澤穂稀とワンバックが共演した番組を見ました。
そこでワンバックはこう言ってました。
『私はあなたを誇りに思う』
そしてW杯の決勝に関しては、
『私達の敗北が(被災者の)何百,何千万人の方々に元気をもたらしたならば、素敵な事,悔しくはない』
日本の小学生が澤みたいな選手になりたいという声に対しては、
『澤になるのではなく、澤を越えなさい』
…と。
これ以上,僕が話しても逆効果なので、ここに関しては触れません。
ほな,閲覧ありがとうございました!!m(_ _)m