作家・ライター部門の大島奈保美殿は夫を喪って10日後にブログ開設された。
最初の記事は「繋ぐ」と題され、【主人に託された言葉や思いを繋いでいきたい】と書いて始められたのだ。
大島康徳殿のファンや闘病時に応援していた方たちが、<何を期待>したかは言うまでもなく、誰も妻の大島奈保美さんの私生活を知りたかったわけではない。
大島殿は、闘病中どうだったのか。家族は、妻はどういった寄り添い方をしたのか。闘病中の家族を支えるためにどんな工夫をしたのか、同じ病の人や同時期に闘病している患者や家族は特に、その話が聞きたかったであろう。
しかしながら「闘病していたのは私ではない」ということで闘病記を書くとは申しておりませんとファンや応援してきた人の期待を薙ぎ払ったのだ。妻として見てきたことを話すと言ったのは大島奈保美殿本人である。緩和ケアについても話すとも言ったのだが、この5年間、口を噤んだまま自分の私生活だけを披露している有様である。
【繋ぐ】のブログ内容とは裏腹に、それからの5年間を知る方が「繋ぐ」ブログ内容とのギャップに辟易しておるのが現状である。
今では「繋ぐ」の対象が【夫の言葉や生き方を伝え繋ぐ】というよりも、大島奈保美殿の私生活を晒す舞台となっておる。初めから大島康徳殿の思いを伝えようとしていた妻、という幻は何処にもないのだ。