大島奈保美 | いなごが語る、とあるオフィシャルブロガーについて

いなごが語る、とあるオフィシャルブロガーについて

いなごと申します。
夫の意志を繋ぐと始めたあるオフィシャルブロガーについて書いておる。
そして、Amebaのオフィシャルの在り方にも異論を唱えておる。
時々、吾輩のことも話すこともある。

大島康徳殿が在宅ではなく

病院での最期だったことは

仕方がないこと故、

阿佐ヶ谷のご婦人に対して

夫の願いを叶えられぬ妻、

というレッテルを張るのは

吾輩にはできぬのだ。

 

吾輩は、大島康徳殿は

家に帰りたかっただろうと

今もそう思っておるが、

在宅緩和ケアの先にある

” 看取り ”

それには見送る側の

大きな覚悟が必要になる。

分かっておるのだ、

その日が来ることは。

だがしかし、

どれ程強い覚悟をしても、

気持ちが追い付かぬもの

見送る側の家族の気持ちは

計り知れぬのだが

阿佐ヶ谷のご婦人に対して

吾輩は良い感情が持てぬのは

ご婦人の日ごろの行いの所為

 

もし、その頃にご婦人が、

嘘のない、大島殿の状況を

妻がブログで代弁していたら

今の状況にはなっておらぬ。

例えば、

呼吸が荒くなって怖いので

どうしていいのか分からず

訪問医に診てもらい、

在宅では厳しいとの判断で

入院することになりました。

(大島家内:奈保美)

と、あれば

夫の死を感じる恐怖を、

自分の無力さに嘆く様を、

読者は想像し、寄り添えたはず。

 

在宅で看取ることが出来ずに

それを後悔し続ける家族は

実は、以外にも多いのだ

在宅で看取る。この覚悟は

「出来る」ことと現実には

大きなギャップがあるのも事実

どれだけ覚悟をしても

大切な人を見送る時は

その覚悟は何だったのかと

あんなに覚悟したのにと、

「死」というものは

覚悟してもしきれないものだ。

 

数日間でも家で過ごせた、

大島康徳殿の願いは叶った。

それは良かったのだと

吾輩はそう思っておるぞ。

 

 

 

 

重苦しい内容だが

緩和ケアについて

看取る覚悟について、

考えるきっかけになった

そう思ってくださる方は

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