生きものとして扱っていなかった | きっと地球に遊びに来たんだよね!

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「私は誰なのか? なぜ生まれてきたんだろう?」忘れてしまっている大切なことを、思い出したい人へ…

命なのに命として
扱っていなかったかもしれない

Aちゃんが言いました

コース中に、なにか自分の中で思うことがあったみたいでした

やらないといけないからやる

ここに意識がむいていて
どんな風にやるか

ということには、気がまわっていなかったという感じでした

自分はやることはやったけれど
自分の行為や目の前の人に対して

そこに思いやりや配慮は、あっただろうか?

やればいいという意識だったから
自分の言動にも目の前の人に対しても

気持ちが入っていなかったんじゃないか

もののように扱っていて
生きものとして扱っていなかった

ということを話してくれました


この話は、色でいうとマジェンタです

なにをするかではなく
どのようにするか

わたしたちは、いつもいつも
やることに夢中です

これをしなくちゃ
あれもしなくちゃ
それもしなくちゃ

することに意識は、むくけれど
それが、流れ作業のようになっていないか

大量生産のようになっていないか
雑になっていないか

Aちゃんが気づいたのは、そういうことじゃないかなと思います

家庭でも
職場でも
習い事でも

どこでも『すること』に意識がむきますが
どんなこころ持ちで、どんな態度でそれをするか

そこには、無意識になりがちです

やることに夢中で
周りの人に対して

こころからの態度でいるか

目の前の人にも
こころがあることを忘れていないか

やらなければならないと思っていることを
優先させるために

自分のこころも
相手のこころも

ないがしろになっていないか

ないがしろにしているとしたら

それは、生きものとして扱っていないってことだって、Aちゃんは感じたのだなって思います

八百万の神

すべての存在が神である
という日本人の中に引き継がれている意識

目に映るすべてに
神が宿っているという見方が日本人です

目に映るすべてが神だとしたら
どんな態度になるだろう

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☆マジェンタ美しいねー☆