ほんとの価値が知りたい①
ほんとの価値が知りたい②
ほんとの価値は変わらない
失いようがない
その価値を知る
わたしたちは、自分の価値を知りたいとき
比べることからはじまります
人よりも持っていること
人よりも優れているもの
人よりも魅力的なもの
人よりもできること
誰かよりも劣っていること
誰かよりも持っていないもの
誰かよりも醜いこと
誰かよりもできないこと
そうやって、自分の価値は、このくらいだ
この程度だと判断するやり方をします
いくつか前から書いていますが
ほんとの価値は、それとは違うのです
存在を覆っている表面のものではないのです
それは比べても分からない価値です
比べようがない価値なのです
目には見えにくい価値です
誰かと比べている以上
ほんとの価値には気づけません
比べるのをやめたその時にしか気づけないものです
比べるには基準があります
なんらかの基準がないと比べることはできません
その基準を捨てたときにしか
ほんとの価値には気づけません
それがわたしたちには
とても難しいんですよね
そんなやり方知らないから
基準ありきの人生
何かの基準のもとに誰かと比較して
何かと比べて自分の位置を知る
比較しないと自分の位置が分からない
自分の位置を確認するために比べる
わたしたちは、自分の位置を知るために
誰かと比べます
その位置が満足な場合は喜び
その位置が不満な場合は落ち込む
それを繰り返しています
ほんとの価値とは
比べている限り知ることができないものです
例えば、この記事を書くことになったRちゃんで言うと
手術をしたので食事ができない
自由に動き回ることができない
ずっと病院のベッドにいることしかできない
人にお世話になるしかない
今Rちゃんにできることは
たくさんの制限がかかっています
ここで、食べたいものを食べている人や自由に行きたいところへ出かけている人や誰かのお世話に忙しく動いている人と比べると
とても悲しいし
すごくイヤな気分になるでしょう
元気な頃の自分と比べても
悲しいし落ち込むでしょう
そうすると今の自分は
とても価値がないように感じます
劣っているように感じるかもしれません
でもそこで判断している価値は
変わるものなのです
それはいくらしがみつこうとしても
変わっていくものです
出来ていたことが出来なくなったり
持っていたのを失ったり
変わっていきます
いくら求めても手に入らないものもあります
逆に言うと手に入れる必要のないものです
持っていないもの
手に入らないもの
失ったものに目を向けることから
持っているものに目を向けてみる
その持っているものを
好き嫌いから判断するのではなくて
そのまま見てみる
こうであるべきだ
こうでなければ
という目で見るのではなく
そのまま見てみる
あんな風に生きなくては
あんな風にならなくては
という目で見るのではなく
そのまま見てみる
それがわたしなんだな
これが自分なんだな
良くも悪くも
これがわたしなんだな
悲しくなるかもしれない
悔しくなるかもしれない
苦しくなるかもしれない
怒りが出てくるかもしれない
笑いが出てくるかもしれない
恥ずかしくなるかもしれない
寂しくなるかおしれない
ガッカリするかもしれない
そして、もっともっと見ていく
もっともっとそのまま見ていく
そこに何が残るか
自分に降参(笑)
それ以上でもそれ以下でもなく
ただのただの唯一の存在
もう一回言います
こういうのが価値がある
こういう方が優れている
こういうのはダメだという基準の目で見ると見えないです
その目を一回捨てる
それがRちゃんに起きているのだと思います
2018年早々、この出来事に刺激され
ブログを書いているということは
きっと今年からますますそれぞれの価値が際立つ時代なのだと思います
いろんな人が言っている価値に踊らされず
いろんな人が言っている価値に合わせるのではなく
ほんとの価値へ
