ちょっと間があきましたが
前回のつづきです
『わたしの才能が知りたい!』
シリーズです
シリーズ?(笑)
優越感を求めるってことは
劣等感が同時にあるってことですね
優越感と劣等感
わたしだけの特別ななにかが欲しい
誰よりも優れた特別なわたしでありたい
すべて
それは、誰かとの比較によって
見つけていくものです
わたししか持っていない
だから
わたしは、特別なんだ
そう思えるってことは
持っていない人を見たから
その人を見て
持っていない人たちを見て
あーわたしは持っている
特別なんだって思う
これは、やっぱり優越感です
そして、その優越感と一緒にあるものは
劣等感ですね
わたしたちが
自分の才能を知りたい
才能を見つけたい
そこにあるのは
劣等感を感じたくない
もしくは
劣等感を感じている
なのかもしれないですね
なぜなんでしょう
子どものころから
わたしたちは、誰かと比べて
誉められたり 注意されたりします
誉められれば うれしいし
注意されれば 悲しいし
誉められると 優越感に浸り
注意されれば 劣等感に浸る
そしてやっぱりそれは
お母さんや
お母さんのような存在との中で
このことが育っていくのだと思います
お母さんにとって
特別な存在でありたい
特別なんです
すでに特別なんだけれど
それをもっと味わいたい
証明してほしい
そして安心したい
兄弟たちの中でも
一番にわたしを特別な存在だと
想ってほしい
同じくらいかわいいよ
同じくらい愛しているよ
じゃダメなんですよね
ダメだって想っていたんですよね
お母さんにとって特別なわたしでいたい
特別なわたしは
おかあさんにとって素晴らしい存在なはずで
だから
おかあさんは、わたしといる時は
楽しくて うれしくて 幸せなはずで
なのに なのに
なぜ おかあさん悲しそうにしているの?
なぜ おかあさん怒っているの?
なぜ おかあさん笑わないの?
小さいころ
わたしたちは、お母さんを見て
お母さんの姿を見て
わたしがいけないんだって
思ったのかもしれない
もしかすると
わたしのせいで、おかあさんは幸せじゃないんだって
思ったのかもしれない
実際は、わたしが原因でなかったとしても
幼いわたしたちは、そう感じて
そう信じてしまったのかもしれない
だから
おかあさんが笑ってくれるには
おかあさんから誉められるには
おかあさんが喜ぶには
わたしは、なにをしたらいいのだろう
それを
ずっと生きてきたのかもしれない
無意識に
がんばって がんばって
特別な存在になる!というパターンもあるし
ダメであって ダメであって
特別な存在になる!というパターンもありますね
心配をかける
迷惑をかける
ことによって
愛されている特別な存在なんだって
証明していく
どっちも同じですね
せつなくて 愛おしいですね
それぞれやり方が違うだけで
おかあさんにとって
最高に特別な存在でありたい
その願いからなんですよね
まだまだ・・・つづく