🍽️〜食の意思決定支援シリーズ②〜

 

  「食べる」は、誰の選択?

これまで私は、

 

🍨 ハーゲンダッツアプローチ
🧊 ガリガリ君アプローチ

 

という、勝手に名付けた食事介助方法(もちろん医療用語ではありませんよ〜口笛)を通して、

 

「口から食べる」という行動には、いろいろな入口がある

というお話をしてきました。

 

心から始まる「食べたい」
身体から始まる「食べたい」

どちらも大切で、どちらもその人の「意思」です。

 

  でも、その「食べたい」は本当に自分のもの?

ここで、少しだけ。思い出してみてほしいことがありますウインク

 

たとえば——風邪をひいて、食欲がないときショボーン

「とりあえず何か食べなきゃ」と思って
なんとなく口にしたごはんが、つらかった経験はありませんか?

 

逆に、
「これなら食べられるかも」と思って

選んで食べたものが、すっと体に入ってきたことはありませんか?

 

たとえば——あなたが今感じている「食べたい」は、本当に“自分のもの”でしょうか?

なんとなく時間だから食べた。
出されたから食べた。
体にいいと言われたから食べた。

 

それも、もちろん大切なこと。

でもその中に、

「自分で選んだ」という感覚は、どれくらいありますか?

 

 

  🍬「今は大丈夫」と思っている今こそ、知ってほしいことがある

私は、食支援活動家OTABEとして「口から食べる幸せ幸座」を開催していますウインク

講座のあと、よくこんな言葉をいただきます。

 

「困ったら相談します」
「今は大丈夫です」

 

とても自然で、間違っていない言葉です。

 

それでも、私思うんです。

「今は大丈夫」

その言葉に安心して、自分の事を考えたり選んだりという「選択」を放棄していないか
ってね。

 

もちろん、

「選択」は食事のことだけじゃないので、毎食毎食の選択をしなければならないって訳ではないし、

どこかのCEOみたいに決まったものしか食べない、無駄なことはしないという考え方もあります。

そのことを「選ぶか選ばないか」を自分で決める。それだって、「選択」です。それは間違ってはいないです。

 

それでも。「その選択は、自分の意思ですか?」って思わずにいられない。こともあります照れ

 

 

  ⚡選べなくなる瞬間は、ある日ふっとやってくる

 

食べることって、当たり前のようでいて、
実はとても繊細な行動現象です。

 

体調、病気、年齢。社会情勢や環境もね。

 

ほんの少しの変化で、
今まで通りにいかなくなることがあります。

 

そして多くの場合、

「選べなくなってから」気づくキョロキョロのです。

 

何を食べるか。
どうやって食べるか。
どこまでこだわりたいか。

 

そのときにはもう、

選べる選択肢が、限られていることもありますショボーン

 

 

  🌱それでも、「食べる」は続いていく

 

たとえ思うように食べられなくなっても、

「食べる」という行為自体は、人生の中で続いていきます。

 

だからこそ、その時間を
少しでも“自分のもの”として過ごせたら。

そう思うのです。

 

  👀「食べる」は、誰のもの?

 

体のため。
栄養のため。
誰かに言われたから。

それも「自分で選ぶ」多くの一つであるとも思います

 

でも、それだけでいいのかなと、私は思うのです。

私は今、なにが食べたいんだろう?

私は今、食べたいのかな?

私は今、食べる気分じゃないかも。

私は今、どこで誰と食べたいんだろう?

私はもしかして、一人で食べたいのかな?

 

いつか来る「食べられなくなるかも知れない時」の前に、考えたいことはたくさんある、

そんな毎日の

「自己選択」や「意思決定」を、「応援したい」し「支援したい」おねがい

 

そんなふうに、OTABEは思うのです。

 

 

  🍨🧊小さな自己決定が、未来をつくる

 

ハーゲンダッツでも、ガリガリ君でも。

どちらのアプローチも、教えてくれたのは、

 

👉 選べることの価値でした。

 

そして、

👉 選ぶ力は、急には育たないということも。

 

日々の中で、

「どっちにしようかな」
「今日はこれがいいな」

そんな小さな選択を重ねること。

それが、

いざというときの「選ぶ力」につながっていきます。

 

自己の意思決定の、筋トレですね爆  笑

 

 

  🩺OTABEが向き合っていること

 

私は、看護師として「食べられるなら食べてほしい」と思っていますスプーンフォーク

 

でも同時に、その人それぞれの、

「食べたいか」「食べたくないか」「どう食べたいか」「なにを食べたいか」「誰と食べたいか」「一人で食べたいか」などなどの、

そんな選択肢を置き去りにしたくないとも思っていますカップケーキ

 

ほんとは、

「食べてもらうこと」と「その人の選択を守ること」

この二つの間で、悩むこともありますショボーン

それでもやっぱり、

最後に大切にしたいのは、

 

👉 “その人が選んだ”という事実

だと思っているんですニコニコ

 

 

  💭最後に、今、自由に食べられているあなたへ。

 

少しだけ、立ち止まって考えてみませんか?

 

👉 「私は、“自分で選んで”食べているだろうか?」

👉 「私は、どうやって食べ続けたいだろう?」

 

すぐに答えが出なくても、大丈夫です。

でも今、考えたことは、
きっとどこかで、あなたを助けてくれます。

 

今日も最後まで読んでくださりうれしいです。ありがとうございました照れ
 

 

 

  🎙️次号予告

【食支援㉕】 食の意思決定支援シリーズ③
「選べなくなるとき、何が起きるのか?」

をお届けしたいと思います。

少しリアルなお話になりますが、
とても大切なテーマです😊

 

 

これからも毎週金曜日に更新していきます✨って更新してなかった笑い泣き
そんなうっかりなOTABEですが、

よろしければ、また、のぞいてみてくださいね〜🍀