🍽️〜食の意思決定支援シリーズ④〜
「選べなくなるとき、何が起きるのか?」
みなさん、「選べなくなる」って、考えたことあります?
普段の生活の中で、「選べない」という状態を意識することは、そんなに多くないと思います。
私たちは普段、当たり前のように「食べること」をを始め様々なことを選んでいます![]()
「ごはんを食べる」一つとっても、
何を食べるか![]()
何を食べないか![]()
どれくらい食べるか![]()
いつ食べるか![]()
どこで食べるか![]()
今は食べないか![]()
誰と食べるか![]()
一人で食べるか![]()
などなど。ほんとうに、様々。
その一つひとつを、特別なことと思わずに決めています![]()
⚡でもその「当たり前」は、ほんの少しの変化で、揺らぐことがあります![]()
少しむせるようになった。
なんとなく食欲がない。
昔に比べて食べられなくなってきた。
食べると疲れるようになってきた。
歯が揺れて、なんとなく食べづらい。
そんな小さな変化から、少しずつ始まることがあります![]()
「食べたいものがあるのに、うまく食べられない」
「食べたくないのに、食べるしかない」
そんな状態になることがあります。
それは、
「選べているようで、選べていない」そんな感覚かもしれません。
🧊気づいたときには、選べるものが少しずつ減っていくということ
気づいたときには、選べるものが少しずつ減っていくことがあります。
食べられる形が限られてくる。
食べる時間が決められてくる。
食べる場所が限られてくる。
少しずつ、少しずつ。選択肢が減っていき変わっていきます![]()
🩺周りの人のやさしさが、結果的に選択肢を狭めてしまうということ
安全のために。栄養のために。
病院では、本人の「思い」より周囲の安心・安全への「気遣い」が優先されてしまうことが、少なくありません。
焼肉が食べたいって言ってるけど、食べたら誤嚥するから食べちゃだめって言っておこう。
ゼリーなら安全だから、ごはんを全部ゼリー状のものにしよう。
外食は食べられないものがあるかもしれないから、やめてって説得しよう。
一人で食べたいって言ってるけど、危ないから目の前で付き添います。
などなど。ほんとうに、些細なことまでの選択を狭めてしまう。
周りの人のやさしさは、その人のことを思っての行動なのは、確かにそのとおりです。
しかしそれが、結果的に選択肢を狭めてしまうこともあります![]()
どれも間違いではないからこそ、難しさがあると、OTABEは思うのです。
それでも、その選択はだれのもの?ともOTABEは思うのです![]()
💭選べなくなると起こること
選べなくなると、「食べること」が楽しみではなくなってしまうことがあります。
義務のように感じたり。
作業のようになってしまったり。
我慢の時間になってしまったり。
そんなふうに変わってしまうこともあります。これって、誰のためにもならないんですよね![]()
🌱それでも、
「食べたい」という気持ちは、なくなりません。
どんな形になっても。
どんな状況になっても。
その人の中にある「思い」は、ずっと残り続けます![]()
🔥だからこそ、イマできる大切なこと
だからこそ、「選べる今」が、とても大切なんです![]()
当たり前のようにできていることは、
当たり前のまま続くとは限らない。
だからこそ、今の「選べる」を大切にしてほしいと思うのです![]()
🎯もし、選べなくなったとき
もし、選べなくなった時。その時あなたは、
何を大切にしたいですか?
何を食べたいですか?
どうやって食べたいですか?
どこで食べたいですか?
誰と食べたいですか?
すぐに答えが出なくても大丈夫です。「選択を考える」そのことが、大切なプロセスだと思うのです![]()
その問いはきっと、家族の、あなたの、これからの「食べる」を支えてくれます![]()
🌈「どう選びたいか」を考えておくこと
選べなくなることを、完全に防ぐことは難しいかもしれません。
それでも、
「どう選びたいか」を考えておくことはできます。
その積み重ねが、
未来の「選べる」を支える力になっていくのです![]()
📖今日も最後まで読んでくださり嬉しいです。ありがとうございました![]()
🎙️次回予告【食支援㉖】「“安全のため”が、選択を奪うとき」
やさしさや正しさが、
思いがけず選択肢を狭めてしまうことがあります。
そんな「安全」と「選択」を深堀っていきたいと思います。
少しドキッとするテーマですが、とても大切なお話です![]()
よろしければ、またのぞいてみてくださいね〜🍀