【闘病記】運良く三途の川を渡れなかったお話 腎臓内科病棟編その1 | (仮)名古屋男の療養日誌

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アメブロ歴始めて12年、これまで飲み歩き・食べ歩きをメインにアップしてきましたが2026年6月29日に救急搬送されて以来、入院・療養生活が当面の間続きそうなのでブログタイトル・ジャンルを一時変更してお届けします。

※既に過去のお話になりますが、この時期のネタを編集中に消去してしまい空白のままなので曖昧な記憶を思い出しながら健忘録的にアップして参ります。(2026年10月6日編集)


今回までのお話はこちら↓

https://ameblo.jp/169express/entry-12972961054.html


①2026年7月3日金曜日


この日午後にICUから腎臓内科病棟へ転棟となる。

部屋は4人床の窓側。入室後にすぐモニター類を装着される。

いや、ICUから出る際に病棟の物に付け替えられていたのかは覚えはない。それどころか時も過ぎた話だからもあるがこの後の事は覚えが全くない。


②2026年7月4日土曜日


この日も記憶は曖昧だがこれまでICUで行っていた透析だったが初めて透析室へベッドごと移動して実施したのと病棟用ベッドから透析用ベッドに移動するのに看護師さん数人がかりだったのは覚えてる。

後、病棟担当のPT(理学療法士)さんが来たのもこの日だったと思う。


③2026年7月5日日曜日


ただ1日ベッドで寝たきりだった記憶のみ。


④2026年7月6日月曜日


この日は透析室で2回目の透析。この2日後の透析が血液検査の結果が良く先延ばしとなり、結果この日の透析が最後となる。また会話が成り立つようになり臨床工学技士さんからICUでも顔を合わせてる旨を聞いた覚えがある。透析後にPTさんがベッド上のリハビリに来たのも覚えてるがまだこの頃は夕方になると9℃位の熱発があり夜半までうなされていたと思う。


⑤2026年7月7日火曜日


記憶あるのはお昼ご飯に七夕のメッセージカードと茶碗蒸し(美味しかった)と星形のゼリーが出たのだけ覚えてる。


⑥2026年7月8日水曜日


たぶんこの日あたりに廊下で数メートル歩くリハビリを実施したかと思うが足がガクガク震えすぐに車イスに座っていたかと思う。

また排泄は依然、オムツだったかと、、、


⑦2026年7月9日木曜日


翌日の大腸検査に向け、朝からおせじにも美味しいとは言えない検査食を食べたと思う。とりわけ夜に出た嚥下障害の方が食べるかと思う真空パックの茶碗蒸しがとても食べられる物ではなかったのは覚えてる。


以上、曖昧もいいところの内容ですがお許し頂けたら幸いです。


この後のお話は↓

https://ameblo.jp/169express/entry-12973714921.html