誰でも、心配ごと、悩むことはあると思います。
悩みの中で一番大きな要因は「人間関係」によって生じるものだと言われています。
私も会社で働きながら、顧客と接しながら、本当に様々な人がいると日々感じています。
育った環境も違えば、性格も、価値観も人それぞれ違う。
違うから「摩擦」が生じるし、逆に違うから「楽しい」という人もいる。
これも価値観の違いによって生じる「感情」だと思う。
最近考えるのは、「性格」「価値観」が違うから、、といって素通りしたり、時にはぶつかったりすることもあるが、
それ以外の「対策」は無いだろうか?と考えたりもする。
時代が発達した恩恵を受けて、科学も、医学も、ITも進化を遂げ、現代社会においては解決できないことは無いのではないか?と思うぐらいだ。
しかし、一番考えなければいけないのは、人間自体がその「時代の恩恵」を受けるだけの思考、心、考え、精神が成長しているのか?ということだ。
実はこの部分が、一番大切なのかもしれない。
科学、ITが発達したのに、人間がそれを正しく使えているか?
ましてや、AIが浸透してくれば、人間の「考える力」が弱まることは至極当然のことのように思える。
本題に戻すが、、ストレス社会をどう乗り越えていくか、、
ある人から最近聞いた言葉を引用します。
「心配、悩み、憂えることがあっても、心配、悩み、憂えることをしなければ、自分も老けないし、健康で害を受けないから有益だ」
・心配して、悩んだら→自分の「損」
・心配して、悩んでも憂えることをしなければ→「有益」
なるほどな〜と思いました。
結局、日々様々なことが起こり、様々な感情を抱きますが、「心配」を「心配」として捉えるか、
それとも「心配」を、「波乗りするための波風」として捉えるかによって、人生が大きく変わると思う。
誰かが自分に苦痛を与えようするなら、それによって苦痛を受けるのでもなく、それに対抗するのでもなく、
それによってもっと喜んで生きていくならどうだろうか?
その人たち(苦痛を与える人たち)によってもっと良くなると考えてみてはどうだろうか?
そうしていくうちに、思ってもいなかったことをするようになって、「理想」の自分になっていくこともある。このことを指して「災い転じて福となった」と言うのかもしれない。
なにかの参考になれれば幸いです。
