前回の記事でも指摘した通り、事実(客観)と意見(主観)の違いがわからない人が学者の世界でもマスコミの世界でも、どこの世界でも非常に多い。次の文を見ていただきたい。

 

 「山田太郎はバカである」

 

 これは客観的な事実なのであろうか、それとも主観的な意見なのであろうか。

 

 多くの人はこれを、客観的な事実として話をする。しかしこれは厳然として主観的な意見である。

 

 バカというのは、ある人の視点から見ての価値判断であって、他者から見れば賢いという判断もでる。またバカという言葉そのものに侮蔑的な意味が込められている時点で主観的な言葉であり、客観的な事実とは程遠い。また、その人がもし知的に程度が低いという場合は、誰と比べて、どの分野で、どの角度でみてそうなるのかという詳細な分析が必要で、「バカ」という一言で割り切るのは、たんたる悪口、つまりは主観的な意見にすぎないのである。

 

 「山田太郎は物理において新潟県の中学3年生の平均的得点よりも30点低い点数を得た」

 

 この場合は、間違いなく客観的な事実ということが言える。とにもかくにも評価(主観的な判断)が入らない限りはそれは客観的な事実であるといえるのである。上記の例をとれば、この事実をもって山田太郎がバカであるかどうかは、かれを評価する人の気持ち一つにかかっているという事実を忘れてはならない。

 

 何が客観的な事実でなにが主観的な意見なのか。この違いを明確にすることで初めて冷静な会話が成り立つ。しかしながらこの違いを明確にできないまま世間で通用する肩書き(大学教授やらマスコミの肩書きやら)をつかって主観的意見をあたかも客観的事実かのように撒き散らす人があまりにも多いのが現状である。

 

 主観(意見)は個人に属し、客観(事実)は万人に属する

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。