何気なく見たTV番組で亡くなったアナウンサーの逸見政孝さんの特集を見た。
何度見ても逸見さんのあの会見ほど、清廉潔白という言葉がふさわしい会見はないのではないでしょうか?
逸見さんが亡くなったのは1993年なのでもう25年も前の事なのに、安藤優子さんが言う通り、今でもあの会見を見ると、なんだか泣けてきます。
最近、日大のアメフト問題や、ボクシング協会の問題など、清廉潔白とは程遠い会見ばかりが目につくので、本当に逸見さんの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいです。
因果応報という言葉があります。
仏教用語で、人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば 悪い報いがあるということです。
でも逸見さんには因果応報は全くあてはまらないんですよね。どう考えても・・・
私の亡くなった母も、口うるさくて厳しい人ではありましたが、友人にも、子供にも、動物(ペット)にも大変好かれるいい人でした。
けれどもやはりすい臓がんを患ってしまい、本当に苦しんで亡くなりました。
なぜ因果応報があてはまらないように見える人がいるのか・・・?
それとも、やはり見えないなにか報いがあるのか、本当に不思議です。