私は、中2の1学期で転校しているが、その送別の席に牧師であった父が来て、クラスの子全員に新約聖書を配ったということがあった。事前に何の相談もなかった。性格的に、いかにも父のやりそうなことだった。
私は、幼稚園からずっとイジメられっ子だったが、中学に入ってからが1番酷かった。それは当然親の耳にも入っていた。しかし、父はそういうこととは別に、牧師としての信念を貫こうとしたのだろう。だが、私個人は仲のいい子もなく、皆との別れが名残惜しいなんて気持ちは微塵もなかった。ただただ、イジメから逃れられるのでホッとしていただけだった。イジメたことを謝罪した子は、いなかった。
そんな中で、父のやったことを複雑な思いで見ているしかなかった。牧師としての信念を貫けば、それは必ず人のためになると信じていた父が間違っていたというのではない。
では、父として娘の気持ちを慮ったかというと大いに疑問があるし、聖書を渡された生徒たちがどう受け止めたか、その後の人生に生かされたかどうか。信じたいが。
父は昨年の秋、天国の住人となった。かつて自分をイジメた人間たちの顔も、恨みはないが、正直、2度と見たくはない。蟠りは今もある。
生前、母方の祖父が好きだった、ヘルマン・ホイウ゛ェルスという人の詩です。人生の晩年を迎えた人に向けて書かれたもので、『人生の秋に』(春秋社)という著書からの引用です。

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み、しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう………。
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること………。
老いの重荷は神の賜物。古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために………。
おのれをこの世につなぐくさりをはずしていくのは、真にえらい仕事………。
こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ………。
手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために………。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と………。
高校生の頃、家にやくざから足を洗ったという初老の男性が、1ヶ月程滞在していた。私たち姉妹と男性だけで留守番をして話し込んだこともあるが、怖いと感じたことはない。
寒い冬のさなかだが、教会の離れに寝泊まりしてもらった。ご飯は一緒に食べた。すき焼きにすると気を遣って肉も野菜もとらず、卵かけご飯だけ食べていた。手先が器用で、木彫りの鳥を造ってくれたこともあるし、飼い犬の散歩もしてくれた。おとなしいが雄犬だったから、他の犬に出会うと、縄張り意識を見せることもある。元やくざだけに、彼はそういうことには強い興味を示した。
親戚の知人に、同じ過去を持つが、ちゃんと生きている人がいて会ってもらった。その人は、すぐに彼の本心を見抜いたが、牧師やその家族は世間知らず。彼は、このままじゃダメだよという話になると、のらりくらりとかわすところがあった。そこで気づけなかったのだ。
彼に仕事の世話をして数日たったある朝、離れに行くと彼はいなくなっていた。盗られた物はなかったが、食費は1銭も貰っていなかった。彼は、やくざ社会から、年をとり病気になったため追い出され、善意の人の間を放浪する人生を選択した、ということだったようだ。