7年程前の夏、神父をしている叔父のコネで、3週間程ある修道院の宿泊施設に滞在したことがある。正確には、2つの修道院をホテル滞在を挟んで往復したのだが。
その年の春まで、私が両親と住んでいた家のすぐ裏は、広い公園になっていた。前年の夏休みシーズンに、毎晩夜中までロケット花火をやっている連中がいたため、元から音に神経質な私は、ノイローゼのようになってしまい、以来夜は耳栓をしないと眠れなくなり、夏や花火が嫌いになった。今はそうでもないが、昼間静かな通りを歩くと物音が異常に気になり、外に出られなくなったこともある。今も多少、その傾向はある。
そんなわけで、その夏も家にはいられないと思い、本当の理由は伏せ、修道院に滞在してみることにした。
シスターだけの修道院で、彼女たちは祈りや奉仕に勤しんでいるが、それに加わるわけではない。祈りの時間に聖堂で一緒になる以外は、宿泊者は宿泊施設の敷地内で、来客担当のシスターとだけ接する。シスターにとっては接待も祈りだ。シスターたちと来客は、お互いに尊重しあい、相手の領域に踏み込まないよう、決められていた。

(その2に続く)
父の納骨に行った際、父ゆかりのとある教会のミサに出席した。私たち家族が以前住んでいた町の教会なので、私も何回かは出席したことがある。
この教会は、とある事情から、故郷に帰れない方々のために作られた施設の中にあり、現在は殆どが高齢者である。

私は聖公会の信徒だが、ミサの式文は30年程前までは、文語が使われていた。神道の祝詞みたいな、「何とか奉る」というあの言葉である。私も、ある程度の年齢になると、大人のミサに出席したが、文語の言い回しには苦労した。身につきはしたが、文語文のせいでミサ嫌いになったと言っても過言ではない。

口語文になったのは20歳頃。仰々しい言い回しから解放されてホッとした。でも年配者は、逆に慣れるのに苦労していて、文語のような有り難みを感じないと言う声もあった。私は意味のわかりにくいものには、有り難み等感じないから、その気持ちは理解できなかった。

しかし、このミサはその文語だった。その施設では高齢の上、目の見えない人も多く、新しく口語文を覚えるのは大変だから、ずっと文語でミサをしてきたのだ。父を偲ぶ集まりを兼ねていたということもあるし、そのときだけは新鮮に思った。
先月末、2泊3日の日程で亡父の納骨のため、呆けた父が帰る帰ると言っていた所へ、家族や親戚一同で行ってきた。父が呆け始めながらも、牧師を25年務めた地である。亡くなったのは昨年秋なのに、何故今頃、納骨したのかについては、ブログの方に『納骨』という題で書いたので繰り返さない。父の後に赴任してきた牧師さんに祈ってもらい、父は納骨堂に眠ることになった。納骨の祈り自体は20分程で終わり、地元の信者さんは、こちらの葬送式には来ていないから、言い方は変だが「お披露目」するのが、主たる目的だった。

「絵かきさん」にも書いたが、キリスト教の葬送式は、亡くなった人を湿っぽく送らない。人によっては理不尽な理由で亡くなるが、それでも明るく送る。天国において、永遠の命が得られると信ずるからだ。ホーキング博士が天国は存在しないと言ったが、天国が科学などで解明出来るわけがない。クリスチャンでなくとも多くの人が天国を感じているのに。博士だって、いずれは天国へいく。

キリスト教では、亡くなって1年後に1年祭をやり、後はミサで毎年、逝去者記念の祈りをするのが通例。人間はどこまでも人間。神にも仏にもならない。このさっぱり加減がいい。