樹木希林さんの言葉


最近の私は
"きょうよう"があることに
感謝しながら生きています。
教養ではなく、
今日、用があること。

神様が与えてくださった
今日用をひとつずつ
こなすこたが、
日々の幸せだし、
最後には
十分役目を果たした
自分を使い切った
という充足感につながるのではないかしらね。

(「一切なりゆき」より抜粋)



希林さんと同じようなことを
考えていた
というのは
おこがましいのですが…。



日々やることがあること、
行くところがあることが、
なんて幸せなことだろうと
思っていたのです。



死が身近になってきた
年齢になって、
"どう死ぬか"
は、結局
"どう生きたいか"
だなぁと
ぼんやり考えながら。



どんなに足掻いても、
「所詮、
私でしかなかった」
という諦観。

ここに至れたのが
すごく大きい。



「今ある自分が
自分であることの最高値である」
と腹を括ったら、
日々ある用を
楽しんで
有り難く
生きていこうと
肩の力が抜けたのです。



ホントはね、
もっと成熟している
予定だったのですけどね〜(笑)



今日用がある幸せをかみしめて、
明日も(^^)


ヒプノセラピスト・占い師 中尾 弥生

ヒプノセラピー&占い
みちくさ野はらクローバー