増える利用日(4)
私には自負がある。
いや、私たちと言った方が正確かも。
例えば一人の利用者がいたとしよう。
その人を担当するケアマネージャーや
相談員より接する時間は長いし、
彼等の知っている事の多くは記録に書いてある。
現場で働いている人から様子を聞く事が少ない。
ケアプランを立てられるぐらい利用者を
本当に分かっているのかなと思う。
ケアマネは一人で百数十人を受け持つ。
利用者の家族の言い分を聞くだけでなく、
利用者本人の言い分もしっかり聞いて欲しいものだ。
少なくとも彼らは私に比べれば経験は豊富だ。
しかし、高齢者と触れ合ってた頃の面影は無い。
一企業の営業サラリーマンとか化しているのだ。
いや、私たちと言った方が正確かも。
例えば一人の利用者がいたとしよう。
その人を担当するケアマネージャーや
相談員より接する時間は長いし、
彼等の知っている事の多くは記録に書いてある。
現場で働いている人から様子を聞く事が少ない。
ケアプランを立てられるぐらい利用者を
本当に分かっているのかなと思う。
ケアマネは一人で百数十人を受け持つ。
利用者の家族の言い分を聞くだけでなく、
利用者本人の言い分もしっかり聞いて欲しいものだ。
少なくとも彼らは私に比べれば経験は豊富だ。
しかし、高齢者と触れ合ってた頃の面影は無い。
一企業の営業サラリーマンとか化しているのだ。
増える利用日(3)
その利用者が快適な生活を送るために介護保険からの
支出でケアプランが立てられ施行される。
家族負担の軽減のためだけの介護保険ではない。
お願いだから本人を置き去りにしないで欲しい。
「情けない。死にたい。」
という言葉を聞く度に心が動かされる。
私に 出来ることはその利用者に
せめて快適に過ごして貰うことだ。
行きたいと言えばトイレだって何回でも行く。
実際に排泄があろうがあるまいが。
ベットで寝たいと言えばすぐに連れていく。
少しでも楽な体勢でいて欲しいから。
私に出来るのはこれぐらいの事。
支出でケアプランが立てられ施行される。
家族負担の軽減のためだけの介護保険ではない。
お願いだから本人を置き去りにしないで欲しい。
「情けない。死にたい。」
という言葉を聞く度に心が動かされる。
私に 出来ることはその利用者に
せめて快適に過ごして貰うことだ。
行きたいと言えばトイレだって何回でも行く。
実際に排泄があろうがあるまいが。
ベットで寝たいと言えばすぐに連れていく。
少しでも楽な体勢でいて欲しいから。
私に出来るのはこれぐらいの事。
増える利用日(2)
結果その利用者は弱り始めている。
これは事実で現在進行形の出来事である。
あの甲高い声は今はもう聞くことは出来ない。
小さい声でささやくだけ。冗談を言う余裕もない。
ケアマネジャーは何を考えているのだろう?
デイサービスの相談員は何を考えているのだろう。
私は怒りを隠せない。
家族への暴言があるのも知っているし、
初めての介護で家族負担が大きいのも知っているし、
競合するデイサービスも多いし、
利益を追求しているのも知っている。
でも、でも…。
大事なモノを忘れていないか?
誰のためのケアプランなのだろう?
誰が介護保険でサービスを受けるために
お金がでているのだろう?
もう一度考え直すべきではないだろうか?
これは事実で現在進行形の出来事である。
あの甲高い声は今はもう聞くことは出来ない。
小さい声でささやくだけ。冗談を言う余裕もない。
ケアマネジャーは何を考えているのだろう?
デイサービスの相談員は何を考えているのだろう。
私は怒りを隠せない。
家族への暴言があるのも知っているし、
初めての介護で家族負担が大きいのも知っているし、
競合するデイサービスも多いし、
利益を追求しているのも知っている。
でも、でも…。
大事なモノを忘れていないか?
誰のためのケアプランなのだろう?
誰が介護保険でサービスを受けるために
お金がでているのだろう?
もう一度考え直すべきではないだろうか?
増える利用日(1)
転倒による骨折により長い入院生活を送り、
認知症の症状のある利用者の話。
初めて来所された時、その強烈なキャラクターに
みんながビックリした。
職員も利用者も…。
とにかく甲高い声でしゃべりまくる。
あまりにしゃべるので問題行動のある利用者達が
静かに見えた。
実際に彼等のほとんどは問題を
起こす頻度さえ減少していた。
その人の話す内容は意味のない事ではない。
骨折箇所に痛みがありそれを訴えているのだ。
それと自分の生い立ちの話と少しの冗談。
十分過ぎるほどコミニュケーション
を取ることが出来た。
職員のほとんどはその人を歓迎した。
手は掛るがとても愉快で楽しい人だからだ。
その人は週一回の来所であった。
次の週には週二回に。
次の週には週二回+入浴。
次の週にはさらに来所日が一日増えた。
認知症の症状のある利用者の話。
初めて来所された時、その強烈なキャラクターに
みんながビックリした。
職員も利用者も…。
とにかく甲高い声でしゃべりまくる。
あまりにしゃべるので問題行動のある利用者達が
静かに見えた。
実際に彼等のほとんどは問題を
起こす頻度さえ減少していた。
その人の話す内容は意味のない事ではない。
骨折箇所に痛みがありそれを訴えているのだ。
それと自分の生い立ちの話と少しの冗談。
十分過ぎるほどコミニュケーション
を取ることが出来た。
職員のほとんどはその人を歓迎した。
手は掛るがとても愉快で楽しい人だからだ。
その人は週一回の来所であった。
次の週には週二回に。
次の週には週二回+入浴。
次の週にはさらに来所日が一日増えた。
ある利用者の話
バスを待っている間、
私にいつも同じ話をする。
その利用者の息子さんについてだ。
「うちの息子はねぇ。」
「いい年なのにまだ結婚しないのよ。」
「趣味は○○なのだけど良いものよ。」
「あなた結婚は?」
「若いからまだ焦らなくていいわよ。」などなど。
何度も同じことを聞くうちに私は気になって記録を読んだ。
次の瞬間、涙が流れそうだった。
その利用者の息子さんはもうこの世にはいないのだ。
心から息子さんを愛しているのだなあと思った。
家に帰れば息子さんのいない現実がある。
ご家族も苦労されているのだろう。
何より思った事は
認知症だからと言って意味の無い事の
繰り返しをしている訳ではないという事。
出来るだけ裏に潜んでいる事を
理解し受け止めてあげたいと思った。
それがより良く理解することに繋がると思うから。
私にいつも同じ話をする。
その利用者の息子さんについてだ。
「うちの息子はねぇ。」
「いい年なのにまだ結婚しないのよ。」
「趣味は○○なのだけど良いものよ。」
「あなた結婚は?」
「若いからまだ焦らなくていいわよ。」などなど。
何度も同じことを聞くうちに私は気になって記録を読んだ。
次の瞬間、涙が流れそうだった。
その利用者の息子さんはもうこの世にはいないのだ。
心から息子さんを愛しているのだなあと思った。
家に帰れば息子さんのいない現実がある。
ご家族も苦労されているのだろう。
何より思った事は
認知症だからと言って意味の無い事の
繰り返しをしている訳ではないという事。
出来るだけ裏に潜んでいる事を
理解し受け止めてあげたいと思った。
それがより良く理解することに繋がると思うから。
虐待事件について
石川県で認知症の方が虐待を受けて亡くなった。
事件をニュースで見て私は悲しくなった。
しかし同じような仕事をしている私から
すればなんとなくその気持ちは分かる。
認知症というのは記憶が続かず何度も
同じ事を繰り返して聞いたり言ったりする。
例えば
相手:「まだ?」
私 :「少し待ってください。」
相手:「わかった」
数秒後
相手:「まだ?」
こんな感じの事が続く。
最初に断言したいのですが虐待は
絶対にあってはいけないし
絶対的に「悪」です!
話によればその介護職員は
週3回の夜勤だけのアルバイト。
寝ているところを見たことも
無いほどの働き者。
明るく他の利用者からの評判も良い。
夜勤を週三回やるのはかなり重労働だし、
まして睡眠薬を持っていた所をみると
かなり精神的に追い詰められていたと思います。
何かで読んだのですが睡眠不足はあらゆる
精神病を発症するトリガーになりうるそうです。
私の私見ですが彼は完璧に
仕事をこなそうとしすぎたのではないでしょうか?
頑張り過ぎるがゆえに、
真面目過ぎるからゆえに、
私が例えに書いたようなことを
真に受けてイライラしてしまったのではと思います。
仕事はキリがなく遣り切れない気持ちになってしまったのだと思います。
私もイライラすることはあります。
しかし
それは彼らの病気の症状に過ぎないのです。
仕方が無いことなので私は笑い飛ばします。
これが良い事なのかは分かりません。
でも、そういうところで
仕事が面白いと思えるか?
やり過ごせるか?
というのは大事な問題だと思います。
私たち介護職員は何があってもイライラせず、
笑顔で応対しなければなりません。
それが私たちの仕事なのだから…。
事件をニュースで見て私は悲しくなった。
しかし同じような仕事をしている私から
すればなんとなくその気持ちは分かる。
認知症というのは記憶が続かず何度も
同じ事を繰り返して聞いたり言ったりする。
例えば
相手:「まだ?」
私 :「少し待ってください。」
相手:「わかった」
数秒後
相手:「まだ?」
こんな感じの事が続く。
最初に断言したいのですが虐待は
絶対にあってはいけないし
絶対的に「悪」です!
話によればその介護職員は
週3回の夜勤だけのアルバイト。
寝ているところを見たことも
無いほどの働き者。
明るく他の利用者からの評判も良い。
夜勤を週三回やるのはかなり重労働だし、
まして睡眠薬を持っていた所をみると
かなり精神的に追い詰められていたと思います。
何かで読んだのですが睡眠不足はあらゆる
精神病を発症するトリガーになりうるそうです。
私の私見ですが彼は完璧に
仕事をこなそうとしすぎたのではないでしょうか?
頑張り過ぎるがゆえに、
真面目過ぎるからゆえに、
私が例えに書いたようなことを
真に受けてイライラしてしまったのではと思います。
仕事はキリがなく遣り切れない気持ちになってしまったのだと思います。
私もイライラすることはあります。
しかし
それは彼らの病気の症状に過ぎないのです。
仕方が無いことなので私は笑い飛ばします。
これが良い事なのかは分かりません。
でも、そういうところで
仕事が面白いと思えるか?
やり過ごせるか?
というのは大事な問題だと思います。
私たち介護職員は何があってもイライラせず、
笑顔で応対しなければなりません。
それが私たちの仕事なのだから…。
守秘義務
私たちの職業には「守秘義務」があります。
これは仕事上知り得た情報を外に漏らさない事です。
しかし、担当者会議などで
その情報を共有することがあります。
例えば、ケアマネージャーさん(以下CM)が
サービスを提供する私たちにいろいろと
利用者の様子や状態について質問します。
私たちはありのままを答えます。
結果CMさんは
より良いプランを作ることが出来ます。
これは利用者の利益につながります。
このように情報のやり取りすることについては
同意書にサインと印鑑を捺印してもらいます。
これはまだ普通の話ですが
他の利用者に「○○さんなんの病気?」と聞かれた場合。
または送迎時「○○さんのご主人はお風呂入れてもらっているの?」
と近所の人に聞かれた場合如何すればいいのでしょう?
基本的には私は答えるべきではないと思います。
私なら
「ちょっと詳しい事知らないんですよ。」
とお茶を濁します。
利用者同士で自分の病状やプライバシー
について語るのは勝手でしょう。
しかし「私たちを通して」
となると話は別です。
どうせみんなご近所同士で
いずれ知り得る情報に過ぎません。
それでも私たちは答えるべきではないのです。
ちょっとじれったいですけれどね。
これは仕事上知り得た情報を外に漏らさない事です。
しかし、担当者会議などで
その情報を共有することがあります。
例えば、ケアマネージャーさん(以下CM)が
サービスを提供する私たちにいろいろと
利用者の様子や状態について質問します。
私たちはありのままを答えます。
結果CMさんは
より良いプランを作ることが出来ます。
これは利用者の利益につながります。
このように情報のやり取りすることについては
同意書にサインと印鑑を捺印してもらいます。
これはまだ普通の話ですが
他の利用者に「○○さんなんの病気?」と聞かれた場合。
または送迎時「○○さんのご主人はお風呂入れてもらっているの?」
と近所の人に聞かれた場合如何すればいいのでしょう?
基本的には私は答えるべきではないと思います。
私なら
「ちょっと詳しい事知らないんですよ。」
とお茶を濁します。
利用者同士で自分の病状やプライバシー
について語るのは勝手でしょう。
しかし「私たちを通して」
となると話は別です。
どうせみんなご近所同士で
いずれ知り得る情報に過ぎません。
それでも私たちは答えるべきではないのです。
ちょっとじれったいですけれどね。
二つの価値観(2)
では奇声を発する人は他の人と交流せずに
一日を過ごさねばならないのでしょうか?
答えはYESです
ご存知かどうか知りませんが
デイサービスでは
「一般」枠
「認知症」枠
の二種類がありレクリエーションなども
レベルに合わせて別にやることになっています。
だからそれなりに他人と交流するチャンスはあるはず。
実態はいろいろあるようですが…。
認知症であったとしてもなるべく社会から
孤立することなく最期まで生きて欲しい。
これが一般的には建前になるでしょう。
しかし
一般の人から
罵声を浴びせられたり、馬鹿にされてまで
社会の中で生きる必要は無いと思う。
残酷な言い方かも知れないけれど、
残り少ない人生を好きなように生きて欲しい。
少なくとも守ってあげたい。
他の人から苦情が来れば私たちは彼らに
「大きな声を出さないで下さい。」
と注意せざる負えない存在です。
しかも注意に効果はほとんどありません。
みんな嫌な思いをして効果は無いのです。
つまり
社会の中で最後まで生かしてあげたい。
でも不適応で注意も理解できないのなら、
保護下において好きなように過ごさせてあげたい。
これが私の考えです。
しかし実際は能力以上に彼らを評価しています。
私は建前だけが一人歩きしているように思えるのです。
一日を過ごさねばならないのでしょうか?
答えはYESです
ご存知かどうか知りませんが
デイサービスでは
「一般」枠
「認知症」枠
の二種類がありレクリエーションなども
レベルに合わせて別にやることになっています。
だからそれなりに他人と交流するチャンスはあるはず。
実態はいろいろあるようですが…。
認知症であったとしてもなるべく社会から
孤立することなく最期まで生きて欲しい。
これが一般的には建前になるでしょう。
しかし
一般の人から
罵声を浴びせられたり、馬鹿にされてまで
社会の中で生きる必要は無いと思う。
残酷な言い方かも知れないけれど、
残り少ない人生を好きなように生きて欲しい。
少なくとも守ってあげたい。
他の人から苦情が来れば私たちは彼らに
「大きな声を出さないで下さい。」
と注意せざる負えない存在です。
しかも注意に効果はほとんどありません。
みんな嫌な思いをして効果は無いのです。
つまり
社会の中で最後まで生かしてあげたい。
でも不適応で注意も理解できないのなら、
保護下において好きなように過ごさせてあげたい。
これが私の考えです。
しかし実際は能力以上に彼らを評価しています。
私は建前だけが一人歩きしているように思えるのです。
私たちが戦っているもの
今日、ある利用者がご逝去されました。
私がバスで送っていった後、
具合が悪いといって部屋に篭もり
家族が夕飯前に見に行ったら亡くなっていたそうです。
たしか来所直後から体調不良を
訴えられ入浴を中止してベットで寝ていました。
帰る頃には顔色も良くなっていましたが…。
医療・介護従事者は嫌でも
「死」
をより近くで感じてしまいます。
私の場合は介護をしていると彼らに
「愛着」
を感じてしまいます。
彼らに入浴・排泄・食事。
おそらく家族と同等かそれ以上に
世話をしている。
言い過ぎかもしれないけど
そういう自負もあります。
同業の友達は死んでいくのに
耐えられないから仕事を辞めました。
でも私はそうは思いません。
デイサービスに来なくなる理由は
・逝去
・入院
・施設入所
などプラスの場合はほとんどありません。
だからこそ、居宅でどうにかなるうちは
いろいろな人と触れ合って楽しんで欲しいのです。
私たちは彼らの病気と戦っているのではありません。
彼らに残 された時間と戦っているのです。
私がバスで送っていった後、
具合が悪いといって部屋に篭もり
家族が夕飯前に見に行ったら亡くなっていたそうです。
たしか来所直後から体調不良を
訴えられ入浴を中止してベットで寝ていました。
帰る頃には顔色も良くなっていましたが…。
医療・介護従事者は嫌でも
「死」
をより近くで感じてしまいます。
私の場合は介護をしていると彼らに
「愛着」
を感じてしまいます。
彼らに入浴・排泄・食事。
おそらく家族と同等かそれ以上に
世話をしている。
言い過ぎかもしれないけど
そういう自負もあります。
同業の友達は死んでいくのに
耐えられないから仕事を辞めました。
でも私はそうは思いません。
デイサービスに来なくなる理由は
・逝去
・入院
・施設入所
などプラスの場合はほとんどありません。
だからこそ、居宅でどうにかなるうちは
いろいろな人と触れ合って楽しんで欲しいのです。
私たちは彼らの病気と戦っているのではありません。
彼らに残 された時間と戦っているのです。
二つの価値観(1)
認知症より問題行動がある場合があります。
デイサービスに来所する目的の一つに
社会的な関わりというのがあります。
家族介護の場合、外に行く機会も少ないだろうし、
まして家族以外の人と接し会話する機会も少ない。
つまり他の利用者と円滑な人間関係
とまではいかないまでも会話ぐらい
楽しんで欲しいわけです。
問題を起こさずに。
例えば奇声を発する人がいた場合、
基本的にその人が会話が楽しめるレベルの人と
同席する事は良くないでしょう。
なぜなら周囲からうるさいとか罵声を
浴びせられる事が奇声を発する人にとって
の幸せではないからです。
デイサービスに来所する目的の一つに
社会的な関わりというのがあります。
家族介護の場合、外に行く機会も少ないだろうし、
まして家族以外の人と接し会話する機会も少ない。
つまり他の利用者と円滑な人間関係
とまではいかないまでも会話ぐらい
楽しんで欲しいわけです。
問題を起こさずに。
例えば奇声を発する人がいた場合、
基本的にその人が会話が楽しめるレベルの人と
同席する事は良くないでしょう。
なぜなら周囲からうるさいとか罵声を
浴びせられる事が奇声を発する人にとって
の幸せではないからです。