久しぶりにやると、難しいものです。(>_<)

Betty bought some butter but the butter was bitter so she bought some better butter to make the bitter butter better. なかなか手強い。

Send toast to ten tense stout saints' ten tall tents. なんとか。 

She sells sea shells by the sea shore これ得意!

Tragedy, strategy(早く10回)以外と出来ない。

What a to do to die today
At a quarter or two to two.
A terrible difficult thing to say
But a harder thing still to do.
The dragon will come at the beat of the drum
With a rat-a-tat-tat a-tat-tat a-tat-to
At a quarter or two to two today,
At a quarter or two to two. リズムがいい。

日本語で僕が出来ないのは、

竹屋の竹薮に竹立てかけたのは,竹立てかけたかったから,竹立てかけた

→「タケヤノタケヤブニタテ?タケ?タテ?」・・・無理(笑)

東京特許許可局・・・最後に絶対「キョキャキョキュ」と言ってしまうのは僕だけ?

早口言葉、出来ますか?
「モノヅクリの時代は終わった。これからは、コトヅクリ。全く新しいサービスの創出
、提供が成功の大前提になる。ゆめゆめ気を抜かないように。あと、緊張しすぎてアイディアの芽を摘んでしまわないように」。

 日本経済の授業で教授が話していたのを覚えている。好例はいくつも表れている、アップル、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、Facebook、Twitter・・・彼らの提供するサービスは、彼らが作り出した世界そのものであると言っていい。彼らこそ「コトヅクリ」の体現者たちであり、言うまでもなく成功を掴んでいる。

グローバライゼーションの進展によって世界はますます姿を変えて行くだろう。
新たな市場の出現、個人主義の浸透、金融のさらなる発達、労働市場のボーダーレス化、のんびりと日本に留まっていてはグローバルスタンダードについて行けなくなりそうだ。

己の知力に磨きをかけ、単騎、中国・インド市場に飛び込むもよし、成長株の東南アジア・アフリカ・南米でベンチャー起業もよし。今の世界はチャンスで溢れている。

「ゆとり世代」。いい響きではない。僕には、学力低下の責任を逃れようとする大人の言い訳にしか聞こえない。だいいち、教育制度を改めたのは自分たち大人なのに、その制度の下で学んだ者を愚弄するなど言語道断。その行為は最大限の軽蔑に値するものだ。しかし、気にすることなどない。年月は僕の世代に有利に働く。賃金の年功序列制は崩壊したとはいえ、寿命は永久に年功序列!!
そう、多くの大人にないもの=「時間」が僕達にはある!!新しいものへの順応性も高い。

若さは恐怖を感じさせず、情熱によって心身は常にエネルギーで満たされた状態!チャレンジャー精神が僕らにはある。失うものなんか、ない。
これこそ若さの魔法、特権o(^▽^)o

僕の中の「若き血」は、今、最も熱い状態。「全社会の先導者」たるため、塾生のはしくれとして精進したい。

そして、ユトリセダイの方々、および若者並みに物事への情熱が御有りのすべての方々、これからはコトヅクリ!

一緒に世界を相手どって戦いましょう!みんながその気になれば、日本に敵う国なんてそうそうありませんよ(=⌒▽⌒=)
僕が「構造」と聞いて思いつくのは、**主義、**体、建築**、社会**、発達**、原子**・・・など。 

ある物や概念などのソーリスティックな形、包括的・全体的な作りや枠組み、を言い表すというイメージが強い。

文化人類学者、レヴィ・ストロースの唱えた、文字を持たない部族社会にも社会的な「構造」が存在し、それは神話から読み取れるとした「構造主義」の考え方が現代に与えている影響は計り知れない。多様性への理解、他者との共通項の発見・・・
 


「構造」には、気をつけていると、様々なところで出会うことができる。和歌や俳句、漢詩は多くの場合、定型であり、新聞や雑誌の紙面の作りもそうだ。文字だけに留まらず、譜面上に並ぶシラブル数や和音の配置、キャンパスに描かれるモデルの位置や大きさ、色。チームスポーツには布陣という言葉もあるし、盤ゲームも同じ。他にも枚挙に暇がないほど、世界は「構造」で溢れている。

「構造」を捉えるのは難しい。なぜなら、「構造」は一見、形だけのように見えるが、ある「構造」の中における、あるいはその「構造」と他の「構造」との有機的・相互的な相関作用を見出して初めて、物の「構造」を本当に理解したことになるから。


気難しく構えないで、好奇心をもって世界を見渡し、たとえそれが小さな「構造」であったとしても、それを発見したときの喜びを大切にしたい。