30才になって、何かつかめましたか。それとも、まだまだでしょうか。何を仕事にしていますか。収入はいくらでしょう。10年前の目標は年間百万ドルでしたが、達成のほどは。そうか、ドルは今、強いですか。

結婚していますか。相手は。今の僕はもうその人に会っていますか。子どもは。何人。みんなお父さんに似て、読書家でしょうか。あなたが今まで愛した人たちを、覚えていますか。

今は知りませんが、10年前のあなたはとても強かった。高潔にして不屈。大げさに言えばそう表現できるでしょう。
今のあなたにとって、誇るべきものは何ですか。10年前、あなたは他の人が羨むような高価なものは持っていなかったけれど、あなたの精神はどこまでも澄み渡っていた。「スコップ一杯の石炭でも、灯りを絶えさせなくて済むこともある。」、「努力は才能を凌駕する。」
あなたを支えた言葉を、覚えているでしょうか。

僕はあなたが今、心から笑って生きていると信じたい。もし、そうなら、もっと笑った方がいい。きっと今より楽しくなるから。でも、そうでないなら、無理やり笑っちゃえばいい。疫病神や死神は恐怖に付け入るのが得意かもしれないけれど、笑う人間からは離れて行くものです。
2010 10 16 2210 東西線の車両にて

ps 列士暮年、壮身止まず
曹操孟徳の言葉を送ります
秋晴れの空を見ていて、もうすぐ一年経つのかと、懐かしい気持ちになった。あと1ヶ月ぐらいで、僕の家で飼っていた犬の一周忌になる。

15年来の友達が亡くなったと聞いた時、去年の11月のよく晴れた日だったが、僕は、無力だった。ただ、ぼーっとしていたというか、思い出が次々に頭をよぎって、悲しんでいる余裕さえなかったのかも知れない。
小さな身体。黄色の毛並み。甲高い吠え声。散歩はいつも一緒だった。

意味のないことだと分かってはいるけれど、思い出す度に涙が止まらなくなるのは僕が弱いからだろうか。
雲一つない空に、友と駆けた日々を想う。
吉田松陰、福沢諭吉。僕は中学、高校を吉田松陰先生に由来する学校で過ごし、大学は福沢諭吉先生の学校で勉強している。

両人とも幕末の思想家達の双璧をなす。もし二人が歴史に登場しなければ、日本は列強の植民地の地位に甘んじていた可能性大である。松下村塾然り、慶應義塾然り、各方面における、優秀な近代日本の先兵を数多く輩出した2つの塾の功績は、我が国の近代史上特筆に値する。

恐れながら、小生が松陰と義塾に進学した理由は、いづれも滑り止めであったというだけである。しかし不思議なもので、捨てる神あらばなのか、学術的な知的好奇心は、常に満たされて来た。
校風は創設者の理念や思想の影響を受けるものだが、僕にはぴったりといっていいほど合っているのである。

自分の生き方やキャリアの方向性を考える上で、学校というのは非常に大きな影響を与えているように感じる。政治的思想も然りで僕は根っからの、親欧米の保守主義者だ。

自分の存在意義、果たすべき義務を探そうとした時、2人の思想家たちの伝記や著作は大変参考になったものだ。偏向性を多分に含んでいることは否めないにせよ、到達目標の選定とそれへの射程距離の測定は、ずいぶん前に完了してしまった。いささか遠大な夢かも知れないが、それぐらいがちょうどいいだろう。