洒落か暇つぶしのようなものは昨日までの輝きをあっけなく失い、新しいものたちがめまぐるしく取って代わっていくパンチ!


これからはwiiではなくてi-padじゃないと生き残れないとか言ってる大人たちの狂騒ぶりを見ていると、変化の速度は上がって行くばかりに思えます時計

そもそも変化することが生きる証の様な子供という存在は変化を敏感に感じていると思いますサーチ

もちろん大人たちも絶えず自分のスペックをアップデートしながら自分自身の能力を向上させ、存在価値を示そうとすることも必要なことなんだと思いますニコニコ

でもそれがストレスになっていくこともよくあることですガーン

変わらないものへの憧れを抱きながら裏切りを繰り返す日々を生きるあせる

牧歌的な時代は終わり、資本主義的な変化のスピードは肉体の変化のスピードなんてとっくに超えているんだと思います新幹線

その軋轢を楽しんでいるんでしょうか?それとも翻弄されてるだけなんでしょうか?

その変化の中で無酸素状態に放り込まれた親達が、客観的だといいながら世間的な価値観を押し付けるだけになっていることを責めるのは妥当なことだとは思えませんガーン

ゴミの様な景色が神々しく輝く瞬間は誰でも一度は経験しているかと思いますが、そんな場所として渋谷は本当に相応しいと思いますニコニコ

祭りが永遠に続くなんて信じているわけでもないのに、ここに来ないと救われないと切に感じる人にとって渋谷に行くことは巡礼の旅のようなものかも知れませんケーキ

久しぶりに渋谷に行って朝まで下らなく過ごしたくなりましたニコニコ
久しぶりにジャッキー・チェンの「少林寺木人拳」を見てしまいましたガーン


僕が小さい頃はテレビで木人拳が放送された次の日は、いじめっ子の「木人やっぞ!」の一言を掛け声に、いじめられっ子が餌食になるというトラウマものの逸品ですひらめき電球

この頃のジャッキー・チェンの映画はどの映画も幼い頃に殺された父親の仇を取るというシンプルかつワンパターンなものでしたが、厳しい修行に耐えて父の仇と闘うジャッキーを見て胸を熱くしなかった子供はいなかったと思いますニコニコ

父親が殺された時の光景のフラッシュバックと形見、自分の師匠が実は父親を殺した張本人だったとか、焦ったり殺気立ったりするのを諫める女の師匠(油の上で舞う!ショック!)、酔拳を教えるただの酔っ払いにしか見えない師匠など物語を盛り上げる要素はてんこ盛りという感じです!!

ジャッキーが自分の手でとどめを刺せないでいると、仇の師匠が汚い技で自滅する素晴らしいラストなど中川家でもお馴染みですニコニコ


ただ残念なことが一つあって、同じ時代のハリウッドでのブルース・リーの映画などと比べて映像が汚なすぎるので、綺麗なプリントが見つかるのを切に願いますねニコニコ
読後感は不思議と言うのがまずありましたショック!


終わり方が唐突に感じたのもありますガーン

そしてまさに小説になりそうな事件らしい事件は作品中の時間軸では起こらず、主人公の過去として幼児性愛とそれに付随した離婚が語られ、ラストで2人の少女の近い将来の自殺が暗示するような形で語られます得意げ

それなのに小説中の時間では、うだうだした主人公の毎日が語られるのみといった感じですあせる

高橋源一郎さんの解説に書いてあるような主人公の「ヘンさ」と「いちばんいるっぽさ」はここら変にあるのかなと思いますひらめき電球

普段の生活のなかで事件らしい事件が起こるなんてことはほとんどありませんが、その稀に起こった事件に引きずられて鬱屈を抱えながら日々を暮らし、ときどき起こるかも知れない事件を想像して怖がってみたりするなんて人生そのものって気がします爆弾

結局何の始まりでも終わりでもなく感じるので、「グランドフィナーレ」というのは逆説なのかなという気がしますニコニコ
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