昨日はマサカーのライブの前に築地の朝日新聞本社で「ヤンキー化現象と言論の明日」というタイトルの講演会を聴いてきました

講演が始まる前に、20年以上前の朝日新聞阪神支局殺傷事件の映像を見せられました

もちろん自分たちの仲間が殺されたのだから、センセーショナルでセンチメンタルな作りになるのは仕方ないところもあると思います。
しかし報道機関であれば、自分たちの身に降りかかった事件であればこそ、抑制を効かせてじっくりと原因に迫るような切り口をしてもいいんじゃないかなんてことを感じてしまいました

そしてこの報道ニュースの作り方や、このニュースの中で紹介されていた太平洋戦争当時の朝日新聞のイケイケの報道の仕方など、これらのこと自体がまさに斉藤さんの言うヤンキー的なるものだったと思います。
襲撃された部屋には、ご丁寧なことに、朝日新聞のマークではありますが、ヤンキー的なもののシンボルとも言える旭日旗まで貼られている始末です

社員の方はどんな気持ちで講演を聴いていたのだろうかと、余計な心配までしてしまいそうでした

講演内容は自身の著書である「世界が土曜の夜の夢なら」をベースにしたものでしたが、最近のニュースの体罰問題などもこのフィルターで見ると問題点が明らかになるように感じました。
斉藤さんは憲法改正については必要はないという見解でしたが、クリアカットされた憲法なんて恐ろしくてしょうがないし、九条という曖昧さをはらんでいる方が議論の俎上に上がっていいんじゃないでしょうか、ということでしたが、医学の中でももっとも曖昧さと根気強く付き合わないといけない精神科医という立場だからこそという論点だと思いますし、こういう新しい視点を見せられるとワクワクしてしまいます

逆に多面的な視点を得ることによって、自分ではますます憲法改正について口をつぐむことになってしまうわけですが…

オズフェストへの参戦も決まったももいろクローバーなんて、AKB以上にヤンキー的な最たるものだと思います
(僕もよく使ってしまいますが、みんな大好きなこの参戦という言い方も絶対にヤンキー的だと思います
)でもヤンキー性とは、僕にとってもアンビバレントな問題で、講演でもヤンキーの2大カリスマのように取り上げられていた、YOSHIKIの鴨川も氣志團の綾小路翔の木更津も僕の地元の房総(暴走)半島なのです

今日はフランシス・ベーコンの展覧会を観に国立近代美術館に来ましたが、久しぶりに生で大好きな藤田嗣治の「アッツ島玉砕」を堪能しました

藤田嗣治の特徴である、この思考停止で皇軍イケイケの戦争画と乳白色のファンシーな裸婦や猫の絵こそヤンキーの特徴じゃないかなんてことまで考えてしまうと、日本人の誰も内なるヤンキーから逃れることは出来ないように感じました

展覧会で上映されていたフィルムの中でフランシス・ベーコンも言っていましたが、芸術家は思考停止になれる瞬間が訪れるを待ち続けているとも言えるわけですが、市井の1人として生きるからには、普段の日常生活ではそう易々と思考停止に陥るわけにはいかないのです
