トヨタカップの決勝では本当にすごいものを見せつけられた思いがします

クラシコでのレアル・マドリードとのゲーム、チャンピオンズリーグ決勝でのマンチェスター・ユナイテッドとのゲームなどと同様にサントス相手の決勝といった厳しいはずのカードであっても圧倒的な勝ち方をしていますね

トヨタカップの決勝前に新宿ロフトプラスワンに宮台真司さんと神保哲生さんのトークを見に行ったこともあってか、宮台さんが言うところの民主主義的な可能性を持ちうる「世田谷モデル」という言葉を連想してしまいました。
下部組織のカンテラ出身という共同体的な価値観を持った選手が中心となって、外から入って来た技術的には申し分のない選手たちにもサッカーのスタイルだけでなく価値観を共有させることによって、多国籍でありながらも共通の目的を勝ち取るという民主主義の1つの理想的な形がありますね。
彼らは誰もチームという共同体に依存しているわけではありませんが、エゴイステックに振る舞っているわけでもなく、それぞれの選手の卓越した技術は局面を突破してチームとして優位な状況を作り出すために用いられるのです。
バルセロナはあれだけ素晴らしい選手が揃っていながら、圧倒的にゲームをコントロールしている状況なのでエゴイステックに無理する必要がないということもあり、シャビもイニエスタもメッシもなぜか無個性にさえ見えます。
ビジャなどもバレンシアでプレーしていた時の方が良くも悪くもエゴイステックに見えました。
イブラヒモヴィッチのようなエゴイステックなタイプの選手がバルセロナからすぐに去ったのは当然のように思います。
サッカーなんてろくに知らない方が見ていて美しかったとまで言っていたのですが、そういう民主主義的なものが高いレベルで結実していた姿をそう感じてしまったんじゃないかというのは穿った見方でしょうか?

今はバルセロナのスタイルを標榜しているチームは、世界中にたくさんあると思いますが、ドリブルやパスの選択肢を増やすためにオープンスペースを作るとか、パスコースを確保するために必ずトライアングルを作るポジションを取るなど技術的なことだけ模倣しても多分難しいことのように思います。
実際問題として経済力もブランド力もあるバルセロナのようなチームがメッシのように、世界中に散らばるスカウトが若い選手を連れてくる青田買いをしてその選手を下部組織のカンテラで育てているわけですから、富の偏在や南北問題といった構造からまったく逃れているわけではありません。
大塚英志さんの指摘するように「世田谷モデル」というケースもそういう問題を孕んでいると思いますが、今年は金正日が亡くなるというとんでもないおまけまで付いてしまい、これで中国だけでなく北朝鮮も遅かれ早かれ民主化の流れになっていくと思われます。
そういった混乱する状況などを考えても宮台さんの言うような民主主義的なモデルケースはもっとあって欲しいと願ってしまいます。
