NHKでドイツ国内のトルコ人移民についての番組を放送していました。
アメリカのグリーンカードなどは有名ですが、ほとんどの国も似た様なもので、その国にとって利益をもたらすような人材だけを移民として受け入れて国籍を与えるという話です。
サッカーのドイツ代表チームにも選ばれているトルコ人のエジルやカンボジア代表になれるか(?)の猫ひろしなど世界中にいくらでも例は転がっています。
当然の帰結として、その国の言葉も満足に話せないような教育のない人々、国家に技能で栄誉をもたらすことなどとてもできない者、高額納税するような財産も何も持たない人々に対する風当たりは強くなります。
雇用する側もそのような人々をなるべく受け入れたくないと思うのは当然でしょう。
やがて、職にあぶれたそんな人々の少なくない者が犯罪に手を染めるか、売春などをして生きていくようになります。
そういった人々の多くがゲットーに住むようになり、アンダーグランドな世界との結びつきを強くしていくのも当然です。
そういう意味では、外国人の受け入れが犯罪の温床になるというのは、連鎖的に繋がっているところがあります。
一方、安い賃金により仕事を奪われたブルーカラーのドイツ人たちがネオナチの名の下に集まって不満を爆発させるわけですが、彼等らの生活の切実さから言えばインテリ層の人々の言う融和という言葉が綺麗事に聞こえているはずです。
移民を受け入れるということはそういう社会的に不安定な要素を誘発しているというのも少なからずあると思います。
でもこの時代に完全な鎖国や選民思想が有り得るはずがありません。
余裕がなければ他者を受け入れるというのは本当に難しいことですね。
でもその余裕を経済力とそのまま置き換えるような真似だけはしたくありません。
美空ひばりの名曲「東京キッド」の有名なフレーズ「右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム」と歌われたのは、そこら中が敗戦による貧しさに覆われていた時代です。
ディスコミュニケーションやミスコミュニケーションが生み出すハプニングを笑える余裕が欲しいですね

片言でしゃべる女の子を可愛らしいと思うっていうのも悪くないと思います。
軋轢が憎しみしか生まないというのはやっぱり哀しいことです。