NHKの日曜美術館で宮本三郎の戦争画を特集していました

有名な「山下、パーシバル両司令官会見図」の群像画の構図、そして1人1人の表情、特に山下司令官の自信に満ちた表情など素晴らしい絵画だと思います

これが描かれた時点では、その光景自体が誇らしくて、南方での戦況も悪くなかったんだろうと思われます。
ところが「飢渇」という作品では、描かれた一兵卒の絶望的な表情がまた素晴らしい絵画なのですが、戦況自体が厳しくなっているのが想像されます。
従軍画家も人の子ですから軍隊に限らず、輝かしい光景をこそ描きたいと思うのは、イデオロギーなど関係なく当然のことだと思います。
そして戦況が思わしくなくなって来ると、描きたいと思うものがその時点では兵士のリアルな苦悩の表情をこそ描きたいと思うようになるのも当然だと思います

「死の家族」という作品では、キリストのように描かれた痩せ細った遺体と構図の真ん中で祈りを捧げる赤子のコントラストが素晴らしくて、宗教画のような荘厳さを見せています

従軍画家たちの描きたいと思うものが、軍部の思惑とズレてくるのは当然だと思いますし、それが時流を読んで変節したなんて糾弾するのは全く意味がないことだと思います

戦争画に傑作が多いと言われるのは、非日常的であるが故に画家たちに描きたいと思わせる瞬間が度々あったんだと思います。
大好きな藤田嗣治の「アッツ島玉砕」の絵画の迫力に魅了されたいと思いますし、きっと藤田もその光景をおぞましいと思いながらも、その光景を描きたいという気持ちに抗うことが出来なかったんだと思います。
宮本三郎が残した「時代という魔物に晒されながら、逃げずにそこに居続ける」という精神は、俗にまみれても気高くありたいと思う僕にとっては最高のアティチュードです。