「全国大会出場」の看板はそこそこ威力があったようで、

辺鄙(へんぴ)な町、ここ水俣まで

八代市、熊本市辺りからもお客様が相当数来てくださいました。

(もちろん毎年遠くから来てくれる団ゆかりの方々も多数)

 

熊本市の中でも古い歴史を持つ某合唱団の団長さんも来てくださって、

指揮者先生に水俣の人口はどれぐらいなのか聞かれたそうです。

2万人ちょっとだと答えると

「ありえない!」と驚かれたとか。

たったそれだけの人口でこれだけの合唱ができるなんて!

ということだそうです。

 

と褒められて、

あら、そう? えへへ、と照れている場合じゃない。

だって、年配組は頑張っているけど、

合唱をやる子供が育っていない。

それは、私が関わる少年少女合唱団もどうにかしなきゃ

ってことで、

はあああ~~~~(大きくため息・・・)

よし、とりあえず、スタッフ会議(たった3人)をするぞ!

 

そうそう、昨日、なんの番組だったか

都内の音楽をやる少年少女たちに

「一番歌がうまいと思うアーティスト」調査をやっていました。

楽器を習う子供たちや、

おそらく「歌」ということででしょうか、

合唱団の少年少女がたくさん答えていました。

その回答の素晴らしいこと!

どういうふうに歌がうまいのか、

音楽や歌詞がどう良いのか、

専門家さながらの評価をするのです。

きっと、しっかり考えることを促す合唱指導がなされているのだと思いました。

よくピアノは脳にいい、と言いますが

合唱もとても知的な作業なのだと

その子供たちを見て確信しました。

(そして全身運動でもある)

 

ああもう、話が逸れるったら・・(;^_^A

と言いつつ、また話を変えます。

 

今回の演奏会のメインは

詩:淵上毛錢 曲:新実徳英

「七つの生きる歌」でした。

M団長が、MCの中で

水俣には徳富蘇峰蘆花記念館はあるけど、

他にも沢山文学者がいるのに、

その記念館はない、

いつか文学記念館を作ってほしい、

という話をしました。

よくぞ言ってくれた!

と後ろから拍手を送りたかった。

 

だって、水俣には(以下敬称略)

徳富蘇峰蘆花兄弟、石牟礼道子、淵上毛錢、谷川健一、雁兄弟、

分野は違うけど、漫画家・イラストレーターの江口寿史、

写真家の森枝卓士、

ミュージシャンでは村下孝蔵、

と様々いるにも関わらず

みんなが知っているのは徳富蘇峰蘆花と江口寿史と村下孝蔵。

それでも、蘇峰さんに至っては

「蘇峰展」という学生向けの書道展があるので

子供たちは書道の先生か何かだと思っている。

水俣病の勉強はするけれど、

水俣のそういう人たちの勉強はしない。

 

淵上毛錢さんや谷川雁さんは

合唱曲のおかげで全国区なのに

(毛錢さんは熊本県立第一高校合唱部によって)

水俣の人たちが知らないのです。

わざわざ、毛錢さんのお墓参りに

遠方から来てくれる合唱人もいるというのに。

そこは私たちが合唱で伝えなければならないところですが。

 

石牟礼道子さんについては

水俣病ついて(だけ)書く作家だと思われているし、

谷川雁さんはいわゆる活動家で

たしか水俣病原因企業前での座り込みなどにも参加しています。

このお二人については

そういう色眼鏡でしか見られない人たちが多いのです。

そして、水俣はこの企業のおかげで発展し、

今でもとてもお世話になっているので

忖度しているわけです。

当時、水俣の文化発展にかなりの影響力を及ぼしたのもこの企業ですが、

いまや、そういうことに対しても遠慮されているように見えます。

お互いに遠慮しあって、

結局何も生まれなくなってしまっているような・・・

 

そういうことは取っ払って、

「良いものは良い」と認めて、

マイナスの部分にも向き合って、

(蘇峰さんはA級戦犯容疑者だったこととか)

まずは行政がこの大きな宝物に気づいて、

学校の先生たちが勉強して、

子供たちにも教え、

水俣を誇りに思う教育をしてほしい。

 

で、願わくば「文学館」です。

 

M団長が水俣の数百人の前で言ってくれたのは

本当に良かった。

私もブログで発信してきたつもりですが、

やはり、威力が全然違いますね。

実際、アンケートに

「文学館、ぜひ作ってください」なんて書いてありました。

おいおーい! 私たちに頼まないでくれー!

 

まだ書き足りませんが、

今日のところはこのへんで・・・・・<(_ _)>