過去を掘り起こさずに前を向く。最短ルートで自分を取り戻す!


 

 

 

 

 

「悩みがあるなら

まずはじっくり、過去を振り返って

原因を突き止めないと解決しない」

 

 

もしあなたが

そう思っているなら、

少しだけ肩の力を抜いてみて下さい

 

 

 

実は、心理療法の世界には

短期療法(ブリーフセラピー)という

驚くほどスマートで

優しいアプローチがあります

 

 

 

この療法の面白い所は

重苦しい過去の

分析に時間をかけるよりも

「今、ここからどう変わるか」

という

"タイパ(タイムパフォーマンス)"

を大切にすること

 

 

 

 

 

 

しかも変化の仕方はまるで

「ドミノ倒し」のよう…

 

悩みの本丸を

力任せに動かそうとしても

 

たった一枚

小さなドミノを倒すだけで

気付けば人生全体の景色が

ガラリと変わってしまう

ことがあるのです

 

 

 

 

不思議な事に

悩みを持つ

ご本人ですら

「なぜか分からないけど、

いつの間にか楽になっていた」

ということも珍しくありません

 

 

今日はそんな「頑張りすぎない変化」

の秘密についてです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  職場の人間関係が苦しい

 

例1

・大きなドミノ(動かないもの)

 苦手な上司の性格を変える、全員に好かれる

 

・最初の一枚(小さなドミノ)

「出社して自分のデスクを10秒だけ拭く」

 

・変化の連鎖

デスクが綺麗だと少し気分が整う→ほんの少しだけ心に余裕ができる→苦手な上司の小言を「はいはい」と聞き流せるようになる→上司が「あれ、反応が変わったな」と思い、攻撃が減る

 

・結果

「なぜか最近、

前ほど職場が辛くない」という状態へ

 

 

  「何もやる気が起きない…」と悩んでいるとき

 

例2

・大きなドミノ(動かないもの)

 完璧に家事をこなす、バリバリ働く。

 

・最初の一枚(小さなドミノ)

「朝、カーテンを開けて太陽を見る時間を30秒だけ作る」

 

・変化の連鎖:

太陽の光で体内時計がわずかに動く→5分後に「コップ一杯の水を飲もう」と思える→「水が飲めた」という小さな成功体験が自己肯定感を1点上げる

 

・結果

 夕方、「今日は少しだけ

片付けが出来たな」と自分を認められる

 

 

 

 

  家族やパートナーとギスギスしているとき

 

例3 

・大きなドミノ(動かないもの)

 相手に謝らせる、過去の不満をすべて解決する

 

・最初の一枚(小さなドミノ)

「相手が何かしてくれた時に『あ、どうも』と一言だけ、語尾を少しだけ明るくする」

 

・変化の連鎖

相手の「また怒られるかも」という警戒心が0.1%下がる→相手の態度がわずか軟化する→それを見た自分のイライラも少し減る

 

・結果

「なぜか最近、喧嘩が減ったね」という空気感の変化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

努力して、自分をねじ伏せなくてもいい


 

 

大きな壁(悩みを)

を真っ向から押そうとすると

疲れてしまいますが

"端っこにある小さなドミノ

(自分が今すぐ出来る事)"

をパタンと倒すだけで、

全体の形は変わり始めます

 

大切なのは『何を倒すか』ではなく

"倒しやすいものから触れてみる"

という軽やかさなんです

 

 

 

 

 

 

「なぜ変わったのか、分からない」

「どうしてなんだろう、最近良い感じ」

 

短期療法にて

お話を伺った方が、

ふと漏らされるこの言葉。

 

実はこれ

最高に嬉しい言葉でもあります

 

なぜなら、

それは「努力して自分をねじ伏せた」

のではなく、

倒しやすいドミノを一枚選んで

パタンと倒した結果、

変化の連鎖が自然に、

そして軽やかに起きた証拠だからです。

 

 

もし今、

あなたが大きな悩みの壁を前

に立ち尽くしているなら、

その壁を壊そうと

力まなくても大丈夫。

 

「これなら、倒せそうかな?」

と思える足元の小さなドミノ

を見つけてください

 

原因を解き明かすことよりも、

その小さな一歩が作る

「新しいリズム」を信じる事。

 

そんなタイパの良い、

自分に優しい変わり方が、

短期療法という選択肢には

用意されています。

 

あなたが今日、

一番楽に倒せるドミノは何ですか?

 

その一枚が、

明日には思いもよらない

素敵な景色を

見せてくれるかもしれません

 

 

 

 

私たちは

悩みの中にいる時

『ずっと、同じ苦しみが

続いている』

と思いがちです

 

でも、

1分1秒として

同じ状態ではありません

 

その小さな揺らぎ(変化)を

ドミノの一枚目に変えることが

短期療法の技だとも思います

 

 

職人みたいですよね…

 

 

お読みいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

✓精神的疲労に困ぱいしている

✓気分が沈み切って何も手に着かない

✓気持ちが重くて心は限界点だ

 

こんな

心が疲れ切っているあなたへ

 

ちょっと

照れくさい話しをします!

良かったら見てくださいね

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう頑張れない」

そう思って心が動かなくなった時、

世界はモノクロームに見えてしまいます

 

自分が情けなくて

申し訳なくて

ただ暗闇の中に閉じこもっていたい・・・。

 

 

けれど、そんな真っ暗な部屋の中で

ふと横を見てみてください

 

そこには、不器用ながらも必死に

あなたを支えようとしている

「誰か」がいませんか?

 

なんとかして

あなたを笑わせようと

慣れない料理を作ったり

 

ただ静かに

嵐が過ぎ去るのを待つように

隣に座っていたり

 

あなたの涙を

自分の事のように痛がってくれる人が。

 

 

実は

人生のどん底に落ちた時

そこには皮肉にも

「一番純粋な愛」

が転がっていることがあります

 

 

絶好調のときには気付けなかった

当たり前すぎて見過ごしていた

パートナーの深い献身

 

 

 

今日は人生の暗闇で見つけた

「世界で一番優しい景色」について

お話しさせてください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何もできない私」だけど、一番愛されていた・・・・・・


 

疲労困憊の真っただ中

 

家の事は出来ない

仕事も手に着かない

私は何もしてあげられない

 

自分は「空っぽ」になったように感じる

自分はいても意味がない

 

そんな風に考えてしまう

 

でも、

ふとした瞬間

旦那は必死に支えようとしてくれてる

 

家事と仕事をしている私でなく

「だた、生きてそこにいる」私を

 

こんな終わりの見えない状況に

一生懸命に支えてくれる

どうしたら良いのだろう・・・

 

早くこんなことは

終わりにしたい

幸せだった時に戻りたい

 

どうしたらいいか教えてほしい・・・

誰か助けて

 

 

 

 

 

 

 

旦那の「不器用な奮闘」は、世界で一番の贈り物


 

旦那は黙っている

「何を話せばいいか分からないけど、とりあえず傍に座る」

 

旦那は何かしている

「ネットで必死に治し方を検索」

 

そんな旦那の、

少しおどおどした

けれども一生懸命な姿

 

こんなダメな私に

寄り添っていてくれる

 

それはスマートな解決策じゃないけど

「二人の人生を共に背負う」姿は

彼の強さで

彼の覚悟を現しているのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

絶望が教えてくれた「二人だけの宝物」


 

もし、

平穏な日々だったら…

もっと上手く出来たのに

 

 

一人で見た絶望的な状況

でも、

旦那の姿は優しい

 

どうしてだろう?

 

今まで優しい人だとは分かっていたけど

あなただって苦しいのに

前に進もうとしてくれている

 

「二人で乗り越えよう」

おどおどして

背中をさつりながら

一生懸命私に伝えてくれる

 

食事を作ろうとして

何を作ればいいのか分からず

台所に立ったり

 

そっと支えてくれる

 

深い優しさ

私の心がじんわりと震える

深いってこういうことなのかな

 

二人なら

苦しいけど

乗り越えられる気がしてきた

 

 

 

 

 

 

 

今日は「ごめんね」を、お休みしませんか?


 

「お惣菜でごめんね」

 

「笑えなくてごめんね」

 

この頃

この言葉しか

言っていない気がする

 

 

ごめんね

ごめん

ごめん・・・

 

 

そんな私にあなたは

「気にしなくていいんだよ、

ゆっくりしていいんだから」

 

ごめん・・・

 

 

 

私がずっと言えない

「ありがとう」

 

申し訳なさを手放して

「ありがとう」って言って

彼の優しさを

受け取りたい・・・

 

 

 

 

 

 

人生にはどうしても避けられない

嵐の日があります

 

心が動かなくなり

自分は世界の荷物のように感じてしまう

夜もあります

 

けれど

そんな絶望の淵に立たされた時

皮肉にも私たちは「本当の愛」の姿を

目の当たりにするのかもしれません

 

・何も出来ない自分を、必死に守ろうとする背中

・答えが見つからなくても、隣に座り続ける覚悟

・「大丈夫だよ」と震える声で伝えてくる、その不器用な優しさ

 

これらは

人生が順調な時には当たり前すぎて

背景に溶け込んでいた景色です

 

辛い出来事は

あなたから多くのものを

奪ったかもしれません

 

でも同時に

「この人は、

ここまで私を大切に想ってくれているんだ」

という

一生モノの確信を

運んできてくれました

 

 

もし、

今あなたが

「申し訳なさ」・「ごめん」を

感じていて

迷っているなら

「ありがとう」という

光りに変えてみませんか

 

あなたが生きていること

そして

その隣に

あなたを愛してやまない人がいること

 

 

その事実は

どんな暗闇も決して消すことのできない

世界で一番「素敵なこと」

なのです!

 

 

 

 

 

 

余談です

私が困った時、夫は

部屋をウロウロしてました

きっと、

どうしたらいいのか考えてくれて

いたのかなと思います

二人で小さな部屋をウロウロ

傍から見たら

「なにしてるんさぁー??」 

と思う事でしょう

 

でも、嬉しかったですよ

心の中で「ありがとう」

と呟いていました

 

 

お読みいただきありがとうございました

 

 

 

 

 

 

 

そんなことに

憧れを持っていたの?

よく分からんなぁ

この人

と、

お思いになる方は

きっといらっしゃるでしょう

 

でもね

 

私、本当に

梅仕事などに

憧れていました

 

 

まずね、

作り方がよくわからん

 

そして、

調べても

本当に出来るの

これで??

と訝しんでいて

作るという一歩が

踏み出せないで

ずっといました

 

 

 

 

 

学校では

梅干しの作り方

なんて

教えてくれません

 

 

 

うちの場合

家族代々の

梅干しの作り方

なんて

ありゃしません

 

 

私の母は

母親が早くに

母が小学生の時です、

亡くなっているし

 

父方の祖母は

そんな感じの人では

なかったしで

 

作り方は

謎めいていました

 

 

春になると

ラッキョウも

出てきますから

以前に

作ったことは

あります

 

悪戦苦闘でしたよ( ;∀;)

 

でも満足しました。

 

 

「昔は、梅干しの作り方の

載っているのもは

なかった」と

母が言っていました

 

きっと当たり前すぎて

掲載する本は無かったのでしょうかね

 

 

新緑の眩しい季節というんですかね

そんな頃に

作り始めて

やっと夏の入り口に出来る

 

そして

まろやかに

美味しくなるのは

冬です!

 

 

先日

梅割りを作って

夫が楽しんでいてくれたので

満足でした

 

 

憧れの

自分で作った梅干しで

梅のおにぎりを食べた時は

大満足でした!

 

人に

ねえねえ、これ、

私が作ったのだよと

自慢したい気分でした

出来ないけどね。

 

 

私が

ずっとしたかった事は

手間暇かける仕事だったんだと

最近気付きました

 

作ってみたい料理は

手間暇がかかるものばかり

 

でも憧れだから

作ってみたい

 

部屋だって綺麗にしていたい

 

でも

時間がいる・・・・・・

 

小学生から部活に入って

しまったので

それから

ずっと

なんやかんやと

家に居なくて

自分のやってみたい事は

消えていました

 

 

忙しいと

「簡単に」に

軍配が上がります

 

 

丁寧に

優しく

手間暇かけ

接する

 

これって

時間が必要なんだと

最近気付いたこの頃です

 

 

 

「梅仕事!!」

と言って

意気揚々と梅酒と梅干を

作っている私を見て

夫が

「敬子の歳だと

この作業は年相応だね」

私は「??」

 

「だってね、梅干しって言ったら

おばあちゃんでしょ?」

「はまってるよ」

と微笑んでいたので

私の気持ちは微妙でした

 

もっと若い頃に作れたら

お洒落だったのにね・・・・・・

 

お読みいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人を責めるのではなく、

家族という「システム」の中で

何が起きているか(円環的因果律)を

見てみると

そこにヒントがあります

 

 

 

例えば、

 

「もう・・・・・・

お父さんが怒るから、

この子が黙っちゃったじゃない」

 

とか

 

「あなたが黙っているから、

お父さんは怒っているのよ」

 

とか

 

 

「お父さんが怒るから、子どもが黙る」

のか

「子どもが黙るから、お父さんが怒る」

のか

どちらが先か

鶏が先か?

卵が先か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族の「イライラ」は

誰かのせいではなく

家族というまとまりの

システムにあります

 

 

ご自身が

抱える不快な結果は

このシステムにあります

 

 

そして

この結果は

必ずしも

システムを共有する

全員が

感じている結果では

ありません

 

 

皆アイデンティティを持っているし

それはシステムに影響しています

 

 

 

複雑ですよね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんが怒る、

じゃあ

前に何があったか?

では

その前に何が起きたのか?

そして

起きたことはどうして起きたのか?

 

と考えても状況を変えるのは

難しいです

 

原因を追究すると

システムは形を変えたように

みえますが

家族のイライラは相変わらず・・・

この雰囲気を保とうとします

 

 

原因を追究して

個人を責めても

変わらないのです

 

 

 

 

じゃあ、

自分の捉え方かな??

と思って

みても

 

イライラした

雰囲気を好ましく思う人は

あまりいないと思います

 

 

 

 

いずれにしても

家族全員は

同じ人間ではありません

違う価値観を持っています

それらを踏まえて

家族と付き合えば

「ズレ」に気付くかもしれません

 

 

 

それは分かったよ

じゃあ、

どうすれば

「ズレ」を

整えられるの??

 

そう思いますよね

 

 

私は、

身体と一緒だと思います

 

ここの歪みを整えると

調子がいいよね、

身体が上手く動くよね、

という位置に骨を

徐々に持っていく

それと似ていると

思います

 

 

そして、

その位置を保つことです

支えるのです

 

 

 

 

 

 

でもね、

「その上手く動く位置が

分からないのよ」

と更に考えてしまいますよね。

 

私のご提案は

近くにいらっしゃる

手本となる方を

参考にしてみて下さい

 

ちょっとでも

家族への

接し方を変えてみると

案外

今まで何を気にしていたんだろう?

と思うかもしれません

 


 

お読みいただきありがとうございました

 

 

 

 

 

 

ジェミニに質問をしました

 

 

スマホに居るのが

ジェミニで、

検索すると

まず

出てくるので

続けて聞いてみました

 

検索結果は

消えてしまったので

覚えている限りで

書きます

 

 

 

 

 

「カメラと私たちが見ている

映像は必ず同じですか?」

てな感じです

 

回答は

人間が見ている映像は

脳で処理されている

画像で

見ている景色と

同じとは限らない

 

私は

じゃあ、

どんな処理されているのかと

思い付いて

聞いてみました

 

回答は

人間の脳の処理は

生存のための処理で

生きるために

処理を行っている

その為、

生存が危ぶまれる

映像は省かれて

修正され

その映像を正しいものとして

見ている

 

 

 

 

では

カメラは?

と思いませんか

聞きましたら

 

 

回答は

カメラの

情報処理は

AIによるものらしく

 

撮影された画像は

美しさや

印象の良いものに

されているようです

 

 

結論として

人間は生命継続の為に

見ている

 

カメラは

美しさを優先している

 

と理解しました

 

 

 

 

撮影したものが

違う時は

この事が

所以(ゆえん)かも

しれないですね

 

 

ただ、

素敵な景色を

感動して

シャッターを切った

なんてゆう時

 

見ると

違うなぁ

って時があるから

 

全てそうとは

限らないのかも

しれません

 

お読みいただきありがとうございました