かなごんとモコの喜怒哀楽な生活 -6ページ目

かなごんとモコの喜怒哀楽な生活

思いがけない2人目の病気。水無脳症。
生まれるまでの不安や葛藤、無事生まれてきてからの生活などを綴ります。

今日は総合病院に研修に行くことになっていました。

研修内容は今の仕事で関わる方に関係することであり、支援をする上でおすすめされたので、まずは知ろうと参加を決めました。

ただ少し不安だったのは、会場が総合病院だということ。

モコさんを看取った病院です。


モコを連れて家に帰った後、かなごんを連れて物品や薬の返却に一度来たっきりです。最期の入院代の精算に来た日でもありました。

確か同時に寄付の話を聞いたので、四十九日よりはるかに前の日でした。

かなごんが一緒に来てくれてたから正気を保ててました。


かれこれ5年以上足を踏み入れてない総合病院。

不安だったけど、大丈夫だろうと、不安なのは未経験な研修に対しても感じているのだろうと思ってました。


なんとなく具合がすっきりしない感じで研修に向かい、総合病院に繋がる交差点を曲がってから、じわじわ涙が出てきました。

どんどん自分が悲しみに覆われていって、駐車場に付き車を停めると、ボロボロ涙が止まらなくなりました。


こんな姿を他の人に見られるわけには…


助手席の座面の方に屈んで、目にタオルを当てて、意識して大きく呼吸をするけど、涙が止まりません。


やばいやばい!

目も腫れるし、なにより涙が止まるのか?!


焦るし悲しいし不安になるし…

研修本部に事情をメールして欠席するか…

でもせっかく来たのに…

とにかく頭を切り替えなければ!


自分を奮い立たせる時に聞くUVERworldのCORE PRIDEを音量上げて聞いて、音楽に集中し、

その後Eveのファイトソングを聞いて立て直し、目の赤みが誤魔化せる範囲まで落ち着いたのを確認して車外に出ました。

この時期なら花粉症かな?とも思われるだろう…

外に出るまで15分近くかかりました。


駐車場は以前と同じように風が強くて、

見上げた景色はモコさんと来てた頃と変わらなくて、

歩く道は面会に通ってた時と同じで。

無心で歩きました。

欠片もあの頃を思い出さないように。


幸い、会場は通院してた頃に入ったことも見たこともない場所だったので平静を保てました。

でも、そんな出来事と研修内容が馴染み無さすぎて途中までわけわからなくて、おとなしく座ってました。


自分がこんな風になるとは思っていませんでした。

モコさんのことは、泣かずに笑って話せる場面も多いので。

ただ意識して避けてる時もあるので…

もう5年以上たったけど、まだまだ私の中では傷として残ってる部分もあるようです。

限定記事に書いてた内容を書きます。

最近、あのひとたちがモコについてどんなことを言ってたのか職場の人に話したら、そんなことを血の繋がった身内に対して言うなんて信じられない、と言われました。


なんかそこからぶり返しちゃって、

まだモコさんがとび立ってしまって5年たったこととか、

最近のかなごんのこととか、

書きたいことはあるのに、

こっちのドロドロした方を書きます。



モコさんの葬儀で未だに後悔してること。

ぎのぼ(すみません、言い方がわからず)がわんわん泣いてモコにすがるもんだから、汚い涙がモコにかかってしまった。

その涙を拭き取ってあげたかったけど、私は汚い涙に触りたくなくて、拭き取ってあげられなかったこと。

母失格か。


そんなに泣くならさ、なんで1回ぐらい抱っこしてあげなかったんだよ、モコは抱っこ大好きなんだよ。


そんなに悲しいなら、モコが命の闘いしてる時に「モコちゃんのことは覚悟してるのよ。あんな痛々しい姿で生きててもね」とか、「3人目は考えてないの?」と大きな声で、かなごんの運動会で、なんで言えるのかね。


そんなに孫大切なら

なんでモコの通園の行事には1回も来なかったのかね。

どんな神経してたら

「孫は一人みたいなもんだ」って笑って言えるのかね。

家に帰ってきたモコに一言も声をかけず、線香あげて手をあわせられるのかね。

お骨を県外の誰もいない納骨堂に入れると主張できるのかね。


あいつらに色々してもらわなくても、それ以外のたくさんの人たちに、他人の人たちに、モコは愛情をかけてもらい、慈しんでもらった。


もう二度と会わない。死んでも会わない。

んだけど、矛盾の塊に、たまに怒りがぶり返してしまう。

あー無駄な時間。


かなごんは元気です。

背が伸びてきて、あと数センチで私を抜きます。

また書きます。