かなごんとモコの喜怒哀楽な生活 -23ページ目

かなごんとモコの喜怒哀楽な生活

思いがけない2人目の病気。水無脳症。
生まれるまでの不安や葛藤、無事生まれてきてからの生活などを綴ります。

11月2日、かなごんは10歳になりました。
出産から10年。
早いなぁ。
年齢が一桁から二桁に。
成長の喜びと寂しさとを感じます。

今年もケーキのリクエスト。
「レゴのケーキで、カイもいるやつ」
カイとはレゴニンジャゴーのキャラクターで、去年の誕生日当日、キャラ弁で作ったキャラクター。

む…難しい…
弁当は色んな素材があるから出来たとしても、着色料を使いたくない私にとってはケーキでキャラクターを作るのは難しや。

でもお店のよりお母さんが作った方がいいんだって。

かなごんは私が何でも知ってる、何でも出来る、と思ってる節がある。
難しい、と教えるのも一つだけど、まあ…頑張ってみるかなぁ。

でも仕事しながらのケーキ作りは難しかった。
時間がなさすぎて全てが荒いし、完成度低い…↓
カイはリンゴで作りました。
アラザンがあったと思ったけど無くて、目をキラキラさせられず。
そして生クリームにカボチャ混ぜたもの、イチゴジャム混ぜたもの、ノーマル生クリームの3色にしたのだけど、
時間と闘い過ぎて、ノーマルの生クリームに砂糖入れるの忘れてた。

かなごんは喜んでくれました。
要望するけど、そんなに完成度を求めないので助かります。
味は美味しかったらしく、量も少なめだったのであっという間になくなりました。

夕食は大きなステーキ!家で焼きました。
全部は食べられず残してました。
あと数年で完食しちゃうんだろうなぁ。

モコ2号が家に来てくれたことで、お出かけにはいつでも連れていくことが出来、そういう面での気持ちは安定したように思います。
でも命日近辺は、現実と直面したくないようで、
「悲しくなるから言わんで」
と言ってました。
悲しい一年をかなごんは乗り越えました。
乗り越えたからといって何も変わらないのですが…

まだまだ甘えたがりのかなごんですが、身体も心も成長していってます。
勉強は心配ですが(学○ゼミもちーっとも進めないし)、まあぼちぼちお付き合いしたいと思います。

かなごんがいてくれたから、私たちは今がある。
かなごんがいなかったら、きっとモコのところにどうやったらいけるか、毎日考える日々になってたと思うし、そうしてたかもしれない。

かなごん、ありがとう。
ある日のこと。
夕食はカレー。
前日にダンナが作ったカレーが少なくなり、作り足した。

ダンナは不在。
夕食はかなごんと二人。
かなごんはカレー大好き。
ダンナと同じ。

かなごんと一緒に「いただきます」。

かなごんが
「やっぱりお母さんのカレーが一番おいしい。一番好き。」

「そうなの?」

「うん、だっておかわりするでしょ?」
確かにおかわり率は高いかな。

「学校のカレーよりも?」

「うん」

「お父さんのカレーよりも?笑」

「うーん、たぶん」←気を遣う

「それはそれはありがとうございます」

ダンナはなぜか高めのカレールー使うけど、私は安いのしか使わない。
私の中ではカレーは安く簡単に。

カレールーや普通の具以外に、
ケチャップ
顆粒コンソメ
カレー粉(イオンの一袋100円位の)
乾燥バジル(これも一袋100円くらいの)
ニンニク、生姜←チューブの
を入れることが多いかな。
入れたあとしっかり炒めて、それから水を入れます。

具は大きめ。その方が食べた時の満足感が大きいらしい。テレビで言ってた。
ダンナはニンジンと加熱した玉ねぎが嫌いなので細かく切る方がいいみたいだけど、
かなごんは断然大きな具が好き。
圧力鍋使うことが多いかなー。

辛そうだったらかなごんのために蜂蜜を入れることも。

私流のお安く簡単カレー。
これがおふくろの味?笑

ほっこりした夕食時の会話でした。

モコには食べさせてあげられなかったなぁ…
26日金曜日、モコが旅立ってから一年。
命日でした。
もう一年前を振り返っても、その日にモコはいない。
モコがいなくなってからの日々が一年続いてしまった。

あの日のことを思い出す。
看取りに入ってから、
そしてその時。
それから。

一年たったって、涙は勝手に出てくるし、
胸がぎゅっとなるし、
悲しみは少しも減らない。

でも色んなことは忘れていて、
きっかけがあれば思い出せるけど、
すぐに出ないこともある。
そんな事実も悲しい。

命日前に一人、モコがお世話になってた人がモコに会いに来てくれた。
モコがこうでしたよね、嫌だったらしーんとして無視してましたよねー、等
モコの思い出話が出来た。
こういうモコの話をすること、が本当の供養だよね、と思った。
そういう人達だけを集めて一周忌出来たらいいのに、と思う。

命日当日は、職場の人たちが10人もモコに会いに来てくれた。
すごく賑やかで、モコも嬉しかったと思う。
私たちもこんなにモコに会いに来てもらえたことがありがたく、嬉しかった。

昨日の一周忌終了後に一家族、そして今日職場の上司と子どもさんがおまいりに来てくれた。

距離的におまいりには来れなかったけど、命日にLINEしてくれた人達も。

たくさんの人が今でもモコのことを想い、命日を覚えていてくれて、
こうやってそれぞれに会いに来てくれたりメッセージくれることを本当にありがたいと思う。
モコが生まれてきて、その人生を生き抜く中で、私たち家族にのこしてくれたものだと実感する。

モコちゃんありがとう。

ねずみうさぎヘビ鳥ねずみうさぎヘビ鳥ねずみうさぎヘビ鳥

昨日は一周忌でした。
一般的に命日より前に一周忌を行うそうですが、宗派的にそういう決まりはなく、お寺の都合やかなごんの都合的にも難しかったので、
命日の次の日の昨日となりました。

でも命日より前に一周忌をする、これって意味があることなんだなぁ…と思いました。
一周忌の準備に追われ?(精神的に余裕なく?)、
命日に集中出来ない。
ゆっくりとあの日を思い返す時間になりにくい。
やってみないとわからなかったなぁ。

一周忌は滞りなく終わりました。
私の方の家族はほぼ勢揃い。
ダンナの方はいつもの人数。
数にして3倍近く私の方の家族が多かったのです。

甥っ子姪っ子で賑やかで、子どもたちは楽しそうにしており、きっとモコも楽しく中に入ってたのだろうなぁと思いました。

今回供養を担って下さったのは、いつものご住職の息子さん。
お念仏が終わりお話になった時、
「この一年、今までと同じ風景が違って見えたり、イベントごとに去年までと違ってモコさんがいない、と悲しく思われることがあったのではないかと思います」
と言われ(だいたいこんな意味なので、正確な言い回しではないです)
涙涙…

「モコさんがいなくなっても、世の中はとまらずに変わらず回り続け…」
そうなんですよね、モコがいなくても、そのことにより私たちが止まってしまってても、世界は何も変わらず支障なく動いていく。
虚しく悲しくなりました。

「いつもの日常が当たり前でないこと、ありがたい(在り難い)ことなんだと、モコさんが教えて下さったのですね」
ありがたい、という言葉にそういう意味があるというのは、モコの供養が始まってから初めて知ったことでした。
今目の前にいる子達が存在するというのは当たり前でなくて、次の誕生日を迎えることも当然必然でもない、
この一日一日、一瞬が奇跡で二度と戻らない、次あるかわからないものなんだと、モコを失くして思うようになりました。

私たちより随分若い息子さんですが、私たちの気持ちに寄り添って一生懸命言葉を紡いで下さったことが伝わり、ただただ感謝でした。

その後の食事会も無事に終わり、解散となりました。

終わってから感じるのは、私は身内に恵まれたということ。
労りの言葉、心配する言葉をかけてもらい、他愛もない話が出来る関係性。
他方の様子を見ていると、そのことを本当に感じました。

他方は、相変わらずでした。

三回忌は呼ばなくてもいいんじゃないかな照れ

ひとまず無事に終わったことに安堵しました。
一段落したので、モコのことをゆっくり思い出したり考えたりしようと思います。