新橋というとこ
秋葉原に初めて行って街中を歩いてる人を見て
「あ、自分の街を見つけた人がいるんだ」
と少しうらやましいと思ったことがある。
そのほか、下北沢や表参道などもそれっぽい人がいる。
そういう意味では巣鴨も。
無味無色でいるより、いつかは自分の街を見つけたい。
そう思って10年以上の月日が流れたのでしょうか。
新橋。
それはサラリーマンの聖地。
それが自分の街かどうかは分かりません、しかし、ここも相当な街であると昨夜確信しました。
僕今まで新橋と言ってもあんまり脇道に入ったことなかったのですが
昨晩みた光景はトキメキを覚えました。
ほとんどの店が外に机と椅子おいて飲んでるんです
あれですよ、
表参道とか、青山にある
あれあれ。
オープンカフェ。
なんて素敵なストリートなんだ。
僕はアドレナリンでまくった。
こういうので今日は飲みたい。
しかし、どこもいっぱいで
ついに見つけたのが
ガード下。
上に電車が通ってるんです。
最高じゃないですか。
「外いいでですか?」
そういって外の席をとって飲もうとした。
あろうことか、そこにはホッピーがなかったので
ハイボールを注文。
郷に言って郷に従えってことですよ。
あばれはっちゃくの時代を思い出しつつ、僕は新橋の世界を満喫した。
飲み終わって、結局そば屋に入ったのですが
その両サイド
うどんや、とんこつラーメン、中華屋、そしてそば屋と並んでいて
その全てが混雑しているのだ。
脅威の集客率。
かたや客が来なくてつぶれてく麺屋さんも地方にはあるってのに。
景気は回復している、
このそば屋を見てそう思いましたね。
結局言いたいのは
中島らものガダラの豚という本、友達に薦められてもらった。
それ以降、中島らもという人の本をちょこちょこ読んだのですが
なかなか偏屈な書きかたでいいですね。
アル中、鬱病、ドラッグなど、実体験があるだけに、書きかたも面白いんですよ。
また、落語家の話しを聞いてるような書きかたも面白い。
登場人物がみんな本気でないというか。
また難しい内容をいとも簡単な表現で書いてくれているのもよい。
ガダラの豚は、イカサマ新興宗教や、宗教家の奇跡をあばく手品や、アフリカの呪術が深く絡んでくるのですが、
どれもこれも読みやすい。
呪術に関してはすごくいいですね。
結局肯定でも否定とも断定してないような書きかた。
まあ、そんなこんなでまた文庫買ったのですが、あっという間に読んでしまった。
そのなかの内容で、
呪術が相手に効果をもたらすには、文化的土壌も影響する。と。
アフリカのとある国では、「呪いに気をつけな」と言われるだけで、呪いが成立するそうだ。
それは、生まれたときから「呪いは存在する」と意識下に埋め込まれて育ってるから。
「おれは呪われた」という精神的な思い込みからも、呪いの効果がでてくる。
が、日本人に言っても
「なに言ってんの」
とあっさり返されるだろう。
と、まあそんな感じのことが書いてあって
そ、そうか!と僕が思ったことがある。
ペ ヨンジュン
イ ビョンホン
ピ
人の名前だと言われないと、僕はなんの言葉かすら分からなかった。
テレビで「ピさんです」
と聞いた時は
失礼だが「かとちゃんペ」を連想してしまったくらいだ。
全ては育った文化土壌の違いだ。
そういうことにさせてください。
かなり脱線した僕の頭の中でしたが、引き続き本のストーリーに没頭したのでした。
ひどい
今さきほど、
PCの前で頬杖ついて作業してたら
向かいの人から僕にむかって
「やだぁ、変な顔しないでもらえます?」
いや、僕何もしてないんですけどね。
「あぁ、ごめんごめん」
と謝ったけど、
なんで謝ったかは僕自身もわかってない。
東京の夜景
昨晩、豊洲駅という場所に夜行った。
以前、昼間に行ったときは何もないな。と感じただけだったの街でしたが
夜、地下鉄の出口を出た瞬間からびびった。
もともと車道や歩道が広く作られているので、視界に入る空の割合が渋谷なんかの比じゃない。
その広い空の中に、ポツポツと建っている高層ビルが間接照明で照らされてキレイ。
途中、川を通過するのですが、海に近いので潮風がふく。
街頭がオレンジでなんと地面からも照らされている。
あぁぁぁ
なんか東京っぽい
僕がイメージしていた
ス、
スタイリッシュな東京。
その高層ビルの一階にある「バーミヤン」。
これも間接照明に照らされて雰囲気違う。
もはや高級中華料理屋ですよ、バーミヤンが。
そんなたわいもない話しでした。