恋慕(RENBO) ーーいつの世も人は人を想うーー | TAKのブログ

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主として60・70年代のサブカルチャー備忘録、いけばななど…

 

4月15日於ABCホール

落語を共通項にして朗読と上方舞のストーリーが意外な結びつきを提示し、全編を通して菊央雄司さんの三味線、胡弓が環境をバックアップし、悲恋の世界を描き出す。演出は細部までわかぎゑふさんの手がかかっている。流石ええ空気を創らはる。

 

①最初の演目 「ゆき」:山村若静紀さんの上方舞

ある男性を思い続ける女性の悩ましさを表す舞。これは本日トリ演目春蝶師の落語「立ち切れ」で、若旦那を思い悩み亡くなった小糸が、仏壇の前に置いた三味線を(物言わぬ「霊」となった小糸が)弾いた曲の舞。何という切なくもたおやかな舞。傘の扱い方ひとつで喜怒哀楽が表現されているのかと、ズブの素人のワタシなりに感じるものがあった。

 

②「ロミオとジュリエット」:ドレスの紗綾さんによる、動きのある朗読

今まで紗綾さんが要約していた物語ではなく、今回はゑふさんが全面的に脚本を手掛けた。その手法が、『ハムレット』の劇中に登場する端役の視点から物語の裏側を描いた、トム・ストッパードによる『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』の手法を踏襲し、全く新しい『ロミオとジュリエット』の世界を描いてくれた。もちろん紗綾さんの迫真のパフォーマンスも、物語にリアリティを与える。ドレスも中世風でいい。明治天皇がお座りになって写真におさめられているような椅子が、よりヴェローナ(現イタリアの一地方)の雰囲気を醸し出していた。

 

ーー仲 入ーー

 

③春蝶師による「立ち切れ」

上方落語では珍しい悲恋もの。ワタシは師の「立ち切れ」は過去2回聴いているが、今回は最初から「ずっしり感」にあふれている。テンポもゆっくり。表情・仕草も変えている。

アフタートークで「今回は演劇風にやってみた」と話していて、やはり普段とは違うスタイルで臨んでいたのだ。恋慕は通常の独演会や寄席とは会場の空気感が違っている。ただし空気が「重い」「固い」という訳ではなく、「独特」なのだ。おそらく春蝶師は昼の部の出演でそれを嗅ぎ取り、この夕方の会での表現に反映させたのだろう。とりわけこの公演は明日の昼を含め計3回(全て演目が異なる)ある中で、物語の人物が絶命すると言う最も重いテーマの回なのだ。

 

閑話休題。ワタシ個人の話だが、本日で脳溢血発症から丁度一年になった。再発せず、このように頻繁にいろんな舞台に出かけられる幸せを味わい、記事にしたためさせて頂いている。生きて、好みを同じくする人々の中で、AIではない生身の熟練された芸術に触れられている喜びは、至福の時間の堆積だ。生きていられるって、いいな。