四百年ぶりの再会! | 中川清秀公・本陣

中川清秀公・本陣

 郷土豊中の歴史を調べていくうちに出会った戦国武将・中川清秀。知名度は低いけど、実は男気あふれる魅力的な人物。此度タイトルを「中川清秀公・本陣」と改め、清秀公の魅力について皆様と語り合いたいと思います。ご意見、ご感想、情報など宜しくお願いします。

「昨日の敵は今日の友!」というわけで、戦国時代に敵味方に分かれて戦った武将の御子孫が「四百年ぶりに再会!」という話を時々見かけますが、今回はそんなお話。。。


「白井河原は名のみにて川の流れぞ紅に染まる!」

と後世に語り継がれる白井河原の合戦(現:茨木市中河原町)。中川家が大きくなる転機となった戦いで知られていますが、なんと今回かつて敵味方に分かれて戦った末裔の方々とお会いする機会がありました。



機会をつくっていただいたのは御実家が中川氏の末裔と伝わる「米清さん」。なんでも地元で個展を開かれたとき、お手伝いしてくださった女性のお姉さまの嫁ぎ先が郡さまだったと言うから驚きです。そうです!白井河原合戦で中川清秀公が討取った敵将・和田惟政(高槻城主)の軍奉行(いくさぶぎょう=作戦参謀)を務められた茨木市郡出身の武将・郡兵太夫(こおりひょうだゆう)さんの御末裔なのです。




当時の高槻の城主は和田惟政(これまさ)っていう人。あまり有名じゃないかもしれませんが信長に宣教師ルイス・フロイスを紹介する労をとったり、キリシタンにはなりませんでしたが、キリシタン宣教師にとっては大恩人だった人。もともとは近江国甲賀郡の人で、都を追われた将軍義昭を自分の館に匿ったり、将軍を擁した信長公の御供をして上洛した手柄で高槻の城主になりました。しかし、摂津国では惟政さんは余所者。やっぱり地元の勢力の協力が必要だったと思います。そんな中で起用された一人が郡さんの御先祖・郡兵太夫だったと思います。




郡兵太夫は「郡家由緒書」によると郡山の城主で、中河原村・宿河原村・上野村・下井村・五ヶ市村など七ヶ村を治めていました。中河原村は清秀公の生家があった所と推定されています。「中川史料集」によると「此の頃(中川家は)御家衰微して中河原辺り僅かの御知行であった」と記されています。後に敵対する人の領地に住んでいるのも変な感じなんですが戦国時代は敵味方の領地が入組んでいたり勢力が目まぐるしく変わるので、こんなのもありかもしれません。




此の頃池田では城主・池田勝正を追放した荒木村重が勢力を伸ばし、和田と対立するようになります。清秀公も荒木村重を中心とした「池田方」に属していました。

和田方が国境付近に砦を二つ構えたことでついに決戦することになりました。この時池田方は三千、和田方は四百。不利を悟った兵太夫はいったん退却することを惟政に進言しますが、「池田方は数を頼みにした烏合の衆なので恐れるに足らない」と強気です。

もはやこれまでと兵太夫は名馬・金屋黒にまたがり敵陣に突入し、勇敢に戦いましたが奮戦むなしく討死しました。


「由緒書」には「伊賀守(和田惟政)、中川瀬兵衛(清秀)と戦()討死被致(いたされ)候ゆへ、兵太夫も陣場より弐町程こなた、郡村の内において討死被致候。其時の馬は黒馬の名馬たる由にて彼馬に向乍(むかいながら)玄星(くろほし?・金屋黒のことか)も能働候事と被申候。馬もうなだれ、終に落申候に付・・・」と記されています。

兵太夫は最後まで戦った愛馬の健闘を称え、馬も主君の後を追うように力尽きて息絶えたのでしょうか・・・馬塚といえば池田方が陣取った場所ですが、一説にはここが「金屋黒」を葬った場所だと言われています。またもう一つの馬塚と言われる所が「郡兵太夫の塚」だそうで近年まで大切に供養されていたそうです。





皆さんと「高槻しろあと館」で記念撮影。しろあと館と周辺を散策の後、昼食。歴史の話やお茶の話で盛り上がりました。




兵太夫には実子がなく、伊丹家に嫁いだ姉の子(郡宗保)があとを継ぎました。宗保は豊臣家に仕え、豊臣家と運命を共にしましたが、郡一族は黒田家や高槻藩士となって生き延び、今日に至っているようです。中川藩に仕えた一族もいるようです。



ところでこの宗保さんは古田織部(清秀公妹婿)とも親交があったようで、郡さん宅には「古田織部茶事相伝之書」が伝わっています。高槻しろあと館図録「高山右近の生涯」の解説によると・・・



本書は、利休七哲の一人に数えられる古田織部から、郡宗保に茶事相伝(免許)された写本である。古田織部は、茨木城主・中川清秀の縁者で、豊臣秀吉の同朋衆であった。豊臣家臣として活躍した郡宗保とは、地縁的にも交流があったことが推察される。全二百八十三ヶ条に及ぶ相伝内容で、路地入から、会席前炭、四畳半之手前など茶事全般を箇条書きにする。織部の武家茶の作法を知る上でも貴重な資料である。



と紹介されています。末尾に「此一巻、達而御執心、依之乍迷惑為御稽古ニ古利休相伝之通、愚意染筆畢(おわんぬ)、一笑一笑」


※愚意:自分の気持ちや考えをへりくだっていう語。愚見。愚案。


ってあるのがいいですね。織部を主人公にした漫画「へうげもの」の織部さんを思い浮かべます。この「一笑」っていうの、漫画では「一笑(なんちゃって)」って訳してました。茶目っ気たっぷりの人だったようです。



高槻にて