1月か2月か忘れたけど、多分一月?いや二月?
じいがいつも帰省するたび、私と妹にじいに何かあればここにお金いれとるけんね!と言われ続けてたところを妹がみようというので、見る
じいが全て大事なお金をまとめてくれていて、葬儀屋の準備もそこに入っていて、泣いた
保険金とかあってどういう契約かわからないからじいたちの担当者に電話すると妹が言って、電話
後々手紙でわかったけど電話した人担当が変わってたらしいが笑、じいばあのことをよく覚えていてよく知ってくれてて、妹も会ったことあるみたいで、妹のことまで覚えてくれてた!
めっっっちゃいい人で、こういう人なら保険の契約していいと思うよと思いながら、説明聞いてた
妹と成績絶対いいねって言って。
その担当者が高杉真宙に似すぎて、一時期高杉真宙にはまった😂なのでドラマどはまり😂単純💦
私と妹で、じいばあの保険金手続きをすると決めてたので、色々アドバイスくれて助かった
なので、じいに頼まれてたお金関連は全て私が東京で保管(現在私が実家のお金の管理している)
じいがお金の場所はねと言ってたもう一つの場所を探したけど、ない。
妹とじいから聞いた場所を答え合わせ?言い合いっこしたけど、どこかわからない、、😢
色々うちを片付けたりもして、10分でも横になって作業するだけでも、体力が全然違った
2/10 15時からじいとリモート面会が決まった✨
テレビカード買わないと病院のテレビみれないので、テレビカードたくさん買って看護師に渡してたんだけど、じいは全然テレビをみていないと言われた
でも受け答えはしっかりしてると言われた
また、コロナで老人施設の受け入れは難しくなってるとも聞いた
じいが自宅で倒れ一ヶ月後ようやく一般病棟に移れると聞いた
しかし、じいがまた肺炎
少し肺炎の種類が違うが、ステロイドの治療を引き続き行い、じいには効いているといわれる
寝たきりになるかもしれないが在宅治療方向で話を進めてる、酸素マスク外れてたけど、また酸素マスク投与する
万が一のリスクはあるからねと聞いた
2/5 東京→福岡帰省
ばあの病院に行く
入院のことわかっていないみたいで、帰る!といってんばり
落ち着いきて、車椅子に座ったばあはエレベーターに乗る私たちを見送る際、ヘイ!と言ってきて大爆笑
ヘイ!は、私を置いていくなという意味で、へいに全ての言葉が詰まっていて爆笑🤣
2/10 ようやくじいとリモート面会
iPadをじいの顔の横に置いてくへふけど、眠いのかずっと目を閉じていてこっちを向いてくれない
看護師にじぃの顔が映るように真っ正面に写してほしいと頼んだら写してくれた
さっきご飯食べたばかりだから眠いのかもねと看護師が言ってた
私は面会のたび泣いていた
あの元気な姿と比べてしまい受け入れられないこと、死んでしまうかもしれないこと、じいの姿みたら涙が勝手に流れ泣いていた
じいに元気姿見せないと!応援しないと!と思ってたのに
看護師が、お孫さん泣きよるわーってじいに言ってたけど、、、
目を開けるのもやっと
看護師さんが言ってることは理解してたし、反応してた
直接会いたいねという看護師の問いにうんって頷いてた
甘いものが好きじゃないという言葉に、うんうんって頷いてた
看護師さんにお孫さんが話しかけてるからか、お顔が柔らかくなりましたーって言ってくれた
この日は酸素投与1リットル
リハビリ、昼寝、おしめ換えなどでテレビほとんどみてない、みる時間ないからねー
夜中じいは起きてること多いと看護師に言われた
普通の食事はこの日からだったけど、変わらず太い足の血管に点滴刺してると言われる(手、腕の血管はもう刺せる場所がなく、入院した日から足へ点滴)
私はリモート面会で、呂律が回っていない気がした
2/11 庭の草むしり
無法地帯だったんだけど、綺麗にしようとなり、二日かけて草むしり
近所のおじちゃんが(私たちは近所の人たちみんなの孫)、おじちゃんの駐車場にいらなくなった廃品回収にだす新聞置いていいよ、捨てとくから!って言ってくれてお言葉に甘えた
その話をしている時、ママから電話
じいがこのまま亡くなるかも
血圧下がってきてるから
急遽週明け2/13、月曜日再度14時からリモート面会と言われた
ばあとじぃが過ごす部屋は座敷で床に座るこたつだったけど、もうばあもきっと難しいということで、座れる?こたつ机をニトリへ買いにいった
2/12
また別の近所のおばちゃんが、庭の木の切り方を教えてくれて、庭が綺麗になった
たくさんの雑草などを置くスペースなく、おばちゃん家に一時的に草のゴミを置かせてもらってた
うちのなかのいらない不良回品も行った
2/13
ばあはまだ入院中
妹はじいに会わせたい、ばあも会いたいはずと言っていて、ばあの病院へ打診、オッケーもらった
※ばあはじいが見舞いにこないので、あの不良少年なんしよんかねー、遊び行っとるんやろうってずっと言ってた
ばあを迎えに病院にいくと、泣きながらお昼ご飯食べていた
どうしたん?!と聞いたら、パパが死ぬって聞いたから。あんなに元気な人が、、って
ばあからしてみたらそりゃそうよねと思う
自分もじいが入院した翌日に入院したわけで、私たちはリモート面会してじいの姿みてたけど、ばあは元気なじいしか知らないわけだから
でもじいの病院へ向かう車のなかでは泣き止んでいて、そもそもどこへ向かってるかわかってなかった😂
じいの病棟2階、私たちは一階でリモート面会
電波悪いみたいで、なかなか繋がらず
でもばあがいることにじいは目を見開いてばあをじっと見てた
ばあは一生懸命じいに愛を伝えてた
電波悪くて繋がりわるく、2名だけ直接じいに会えるとなった
誰がいく?となり、さき、妹、私
3名になってしまったが、動画撮影するためにと伝え、わがままで3人
じいはベットで運ばれ廊下へ
ばあの言葉に、はいって答えてた
ばあは一生懸命途切れることなく、じいに愛の言葉伝えてた
この時だったかな、庭の綺麗になった写真を渡してもらうよう伝えた
じいのそばにも行けず、一定の距離からしか会えず、、
ばあは近くに行ったらいけんのやろ?って
じいは手をミトンされていて、パタパタ動かしてた
看護師がそろそろときて、病室へ戻るじいを見つめ、救急車で運ばれるじいに手を振らなかったこと後悔して、手を振った
じいが見えなくなったら、涙止まらなくて大泣きした
看護師さんたちが励ましてくれた、大丈夫よ、辛いよねって
その後ばあを病院へ戻すために、ばあの病院へ
そしてばあを退院させるにあたり、自宅でどう過ごしていくかなどの会議がケアマネさんや、ばあのデイサービスの人、介護用品会社もきて、私も参加して話し合い
じいが今までお世話してきたことを伝えた
じいはばあがお風呂入る時に必ず暖かくして、何度も沸き直してたこと
心配で大丈夫か?と様子を見に行っていたこと
ご飯も必ず何か置いてでかけるようにしていたこと
など、じぃがいたから安心だったことを伝えた
だけどそのじぃがいまはもうできないということ、、
じいが何も食べないから、じいが好きなもの買ってきてほしいと医者からの要望があり、ママが買いに行った
2/14 東京へ戻る
東京へ戻る前にじいとばあの病院へ
じいには会えなかったけど、じいの入れ歯を持っていったが、じいの入れ歯は一部が入れ歯で全て変えないと使えないといわれる
じいがよく私たちに買ってきてたお店のゼリー、焼き芋、じいがすきなお店のプリンをもっていく
じい糖尿で血管がぼろぼろらしい、、、
ばあのところにも入れ歯持って行ったけだ、痩せたりしたら入れ歯が合わなくなるといわれた
2/16
妹のおかげで、ばあとテレビ電話できた
ばあ👵パパはきてないと?
妹👩きてないよ
👵久しぶりやけねぇ、話さないけんけ帰ろ
ばあは妹に、遊びに行っとるんやね
お金もらいと伝えてた☺️
妹が実家のリフォーム会社に色々問い合わせをしてくれていた
2/18
ママ?妹から連絡がきて、急遽また福岡へ戻った
ここ数日が山場
肺に水がたまっている
脱水起こしていて、水をいれても血管から漏れる
溜めておくことができず、肺に水がたまり、薬も効かなくなっている
ステロイド減らすと状態悪くなり、はぁはぁとなってしまう酸素も3リットル投与に増やした
なんとこ苦しまない治療をする、退院は難しい、と
ばあはご機嫌斜め
同じ部屋のお婆さんがばあの話し相手になってくれて、なだめてくれてた
2/20
ばあが退院✨
仲良くなったおばあちゃんと2ショット📷
新しくなったこたつに文句を言い、なかなか座ってくれず( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
じいに直接会えたが、叔父、まま、ばあ、私、妹で行ったため、医者に怒られる
免疫弱くなってるから大勢では、、ってだいぶきつく
また、看取ることはできない、だからこうやって会わせてる
ミトンも外せない。管抜くからと言われる
お守りを買いに行ってたので、爺の枕元においた
目を開けて私たち家族のこと認識してくれてて、
目を開けて辛いだろうなか、ありがとうって頭あげて伝えてくれた
帰る時、手をベッドからだして差し出してくれた
この時はじいのそばで会えた
ままがじいへクリームパンや髭剃りを買いに行った
じいはICUにいた、理由は酸素の量が安定しないから
2/25
前日にじいは貧血で輸血を行った
そのため、サインをした
ヘモグラビンが作れず、貧血が進行
消化器官から出血あるんだろうと先生は予想してるとのことだったが、どこからかは不明
ご飯、お水くちにいれず、差し入れも一口しか食べない
肺の水、脱水症状は変わらないといわれた
看護師も先生も一生懸命退院するには?、血糖値や酸素が落ち着いてきたらうちに戻したい。訪問看護対応できるかなどを考えてやってると言われるが、毎回医者と看護師からの説明の温度差が激しく、どちらかわからない
じいへプリンなどをもっていく
ペースト状にしてじいに食べさせてくれているらしい
病院の近くの神社へ3回目のお願いをしにいった
2/26
東京に戻る前にばあを病院へ
昨日から咳をしていて、酸素濃度が86-90
医者かはコロナの後遺症
肺の下が白く、治ってる途中
傷ついた肺は元に戻らなあ
あの肺の状態でよく一命を取り留めた
少し歩いて息切れをする、息苦しいなどあれば病院へと言われた
2/27
じいの肺炎がひどくなり、ステロイドいれている
地元の近い大きな病院へ転院の相談をしている
ステロイド投与で三日間様子みて、効果あれば、受け入れ🉑
ステロイド投与は転院先でも同じ
転院できる曜日、時間を聞かされる
2/28
15:34 ステロイドが効かない、今日危ないとママから電話
あれだけ看取れないと言われてたのに、見舞いの時間でもない時間に病院側が許可くれたらしく、18-19時病院へママとばあは向かうといわれた
じいは今まで危ないと何度も言われてきたけど、なんだかんだ乗り越えてきたしなと思いつつ、事情わからなくて先生に電話
ステロイド別の💊使ってるが効いてない
このまま亡くなると思うと言われた
妹に電話をし妹は仕事早退
私は飛行機2枚のチケット購入
池袋で用事済ませていたので、急いで帰宅の準備
パパが空港まで迎えにきてくれて、高速めちゃくちゃ飛ばしてくれたからすぐ病院についた
だれが夜中泊まるかな話になり、妹と私が泊まることに
じいが目を覚まし、じいの目に映るよう私と妹が顔をだしたら、孫二人を認識した瞬間、涙溢れてて声だしてて、泣かんでいいよーって伝えた
看護師も私たちが泊まる準備してくれて、毛布とかをとりにいく、帰宅するため妹だけ病院に残り帰宅
じいの免疫下がってきてるので、病室は二人までと言われる
じいの酸素はここ数日10リットル投与と言われた