毎日楽しく笑顔で!! -16ページ目




2023.3.2 2:32に、大好きなじいが旅立ちました。
(病院の先生はこの時間の診断だったけど、呼吸はこの時間より少し前に止まった)

旅立つとき、一人にさせず一緒に過ごすことができました

正直いまだに心の整理ができていないというか、
毎日必ず思い出すし、泣いてしまうときもあります。

特に寝る時や毎日の帰宅時の道
毎日電話してたので、その習慣がなくなり、通話し放題も解約しました


以下2023.1の出来事です
一部期間違うけど
いまだに下記を鮮明に覚えすぎてて、もう一年経とうとしてることが信じられないし、受け止めきれない


2022.12.31
じいが体調悪いみたいで、頭までこたつに入って寝てる

私はいきなり激しい偏頭痛に襲われ動けなくて寝込む
ロキソニンが効かない


元旦から私は高熱がでて、ニューイヤー駅伝を走ってる小松くんを寝ながらみるのもしんどくて、みてない
(小松くんの朝イチの挨拶だけはみた)

父親に連絡し、市に電話で正月も空いている病院をきくが、夕方だったため、翌日病院へ行くことに

しんどいながらも病院に行き、頭も痛すぎてCTも検査するが、コロナだと診断された
頭痛もコロナだろうといわれる

入院する?と言われたけど断った

じいが寝込んでた記憶があり、私のせいだとめちゃくちゃ自分を責めた

病院の先生から、あんたのせいじゃないから。
頭も痛いのに心まで痛まないでといわれる

とりあえず家族みんな病院へ連れて行かないととおもい、ままの車で帰宅し、私以外が病院へ


じいとばあがコロナと診断される


病院がめちゃくちゃ混んでじいばあたちは、2時間以上も診察待ち


薬も同じくらいの時間待っていた


とりあえず寝るしかなく寝た



寝たら夜中に私は目が必ず覚める人で、その夜も目が覚めた


一階からドンという音がし、嫌な予感がして階段から降りたら、じいが倒れてた


じいは家族で1番ガタイもよく、背中もまがってないし、身長も175はある


じい!と私は駆け寄って大丈夫?というけど、大丈夫、こけただけという


慌ててママを起こし、妹を起こし、妹が救急車を呼ぶといい連絡してくれた

ママもじいも救急車呼ばなくていいといい、夜中に体調悪いのに大げんか

妹は泣きながらじいに説得


救急隊が到着し、事情説明するが、とりあえず見ますねと言ってくれた


私はコロナだから、階段のところで待ってたけど、どこも多分もうすでに感染されてる


救急隊がじいが尋常じゃいくらいの滝の汗をみて、着替えましょうと言っていた
洋服がびちょびちょ、びっしょりの汗だったらしい
妹いわく、水にもぐったの?という量だったらしい

病院を1時間探すが見つからない
いわゆるテレビでみた病院が満床

保健所が病院管理を握ってるしで、保健所からの連絡待ちもすごいまった


病院見つからなくて、とりあえず自宅でとなった
落ち着いたら検査に来てと言われた

救急隊はずっと休みがないらしく、近くの救急車ではなく、少し遠いところから救急車がきた


妹はじいと寝るといい、一階でじいと寝た
私は自分たちの部屋に戻った


1/5
じいの酸素濃度が低く、保健所が手配した医者がくる
妹がめちゃくちゃ強く保健所に言ったらしく、ようやく保健所が動いてくれた

点滴か入院といわれ、入院レベルだけどやはり満床で入院できず

私は薬のアレルギーでて初めてオンライン診察を受け、薬を届けてもらった


じいは入院できないので、点滴処置
じいがトイレにいこうとすると、はあはあと息切れみたいになってた


酸素投与機がうちにきて、じいはつけてたけど、3リットルの酸素投与だったかな


1/8
病院見つかればじいは入院できると言われた

1/9
じいが弱音なのかもう死んでもいいと言う

1/10
酸素濃度が90もない
病院が決まったと保健所から電話
じいに入院する理由を説明し、入院する病院も伝える

救急車で搬送すると言われたが、救急車が1時間見つからない

入院するまでずっと妹がじいの面倒をみてた
訪問看護師とすごく連絡のやりとりしてた

じいは病院嫌いなのに、入院できると安心してた
その安心する理由は、私ら孫がじぃか心配で、じぃの面倒を妹がみてたから、東京に帰れない姿をみて、自分が入院したら、孫たちは東京に戻れる、みんなに迷惑かけるからって


じいはお気に入りのいつものズボンに履き替えてた


じぃか入院する病院から電話がきて、急いで病院へ連れていかないとと思ったけど、なんかもう色々後悔がすごい


救急隊が到着し、この前きたお兄さんいて、あ!ってお互いなった(私の記憶力はんぱなかったし、お兄さんもここ年始にきたと記憶力すごい

妹が付き添いで行く予定だったけど、病院側から断られた


じいに妹も付き添いでいくと伝えてたから


救急隊がじいを寝かしたままじいを救急車に乗せた


救急車に乗るじいを私は黙って見つめた
寂しそうな顔をしてた


頑張ってとか、何か声をかけたり、手を振ってやればよかったとすごく後悔してる


妹が病院へ荷物とかを持っていくにはどうしたらよいかを電話で聞いたら、医者から
このまま死ぬかもしれない
もう会えない
心臓マッサージもできないと言われた

妹に病院側に延命治療はしないとか、色々説明あり、承諾もらおうとしてたが、妹はわからないと言っていた


看取ることもできないと言われた
じいはコロナ部屋だが、一人といわれる


元気になるために病院に行ったのに、じいはそのつもりなのに、なんのための入院なの?すら思った


92歳のじいちゃんに見えないくらいガタイも姿勢もよく、頭もはっきりしていて、元気で、めちゃしっかりしてる

なのに、なんでいきなりそうなるのか、全然わからず理解もできず、頭がパニック


じいがトイレへ自分で行きたがると病院から聞いた
おそらくこの時からオシメされてたのではないかと思う
そりゃトイレ行きたがる、今まで自分で歩けてばあの面倒みるほどしっかりしてたんだから

どれほど屈辱だっただろうかと心が痛かった


じいが入院した日の夕方前
ばあの体調が悪い気がして、発熱外来のコールセンターに電話し、発熱外来に電話するがどこも病院はいっぱい


ばあのかかりつけ医に電話をし、ばあはコロナからの肺炎かもといわれ、呼吸器内科に電話をするも予約がいっぱい



病院が決まらなさすぎて、救急車を呼んだ
2時間病院探すが市内は全て満床


じいがうちで治療してくれてたお医者さんが来てくれて、爺が使ってた酸素投与機を使い、ばあに使った


じいの部屋で孫二人とばあで寝る
じいの部屋めちゃくちゃ寒くて、本当に申し訳なかった



ばあの酸素濃度低くて、朝方また救急車を呼ぶ
大丈夫そうとは言われた(死にかけの患者みてきたのでわかるとのこと)が、病院がない


昨晩みつかってないなら、今朝はまだ空きがない
保健所もいまの時間は素人しかいないから、8:30に電話した方がいい
朝イチで病院へ連れていきなとアドバイスをもらう


ばあは認知症なんだけど、じぃが入院し亡くなることを覚えていて、一緒がいいという


鼻に酸素マスクつける理由を10分後には忘れてるので、何度も説明をした

私に入院と言ってくれた病院へ朝から連れていく
たまたまその日に退院する人がいて、滑り込みでばあも入院できたが、またこれで満床


ばあの肺はコロナが初めて日本にきたときと同じ肺といわれた
ここでも延命治療の説明の有無、心臓マッサージの有無などサインを書いた


病室へいく直前、ばあは私のことがいきなりわからなくなった


じいとばあを同じ病院にしたいと思っていたけど、転院するにも保健所が全て牛耳っていた



じいとばあの入院に必要なものを買いにいく


1/12
じいの病院の先生からじいがなぜ死ぬのかなどの説明を受ける


じいとは久しぶりに会えたが、私のiPadとiPhoneでテレビ電話(看護師がじいの病室へ私のiPadをもっていく)

新聞を看護師にじいへ渡してほしいと伝えたが、新聞読めないと戻された
今まで毎朝読んでた人がたった2日で読めなくなった

大きな病院へ転院させたいが、いっぱいだし、どこも治療は同じことしかしないと言われてると医者に言われた


人工呼吸器もない(ばあの病院もそう)、心臓マッサージもしないで一つ一つ説明を受けた

心臓マッサージは、肋骨を折る行為な説明を受け、本人そうとう苦しんでるのに、そこまでする?と言われ、頭ぐちゃぐちゃだったけど、苦しく痛い思いはさせたくないと思い、延命治療希望だったけど断った

じいはいつ亡くなってもおかしくないからと、看護師から葬儀屋の話や手続きの話、コロナ陽性、陰性で亡くなった場合の対応方法が葬儀屋により違うから調べてと言われた


が、うちのじいはほんとしっかりしてて、自分で葬儀屋の予約?みたいなのしてたのをママと妹は知ってた


じいと会えないから何か必要なものあれば、手紙にしてもらおうとノートやペン持っていったけど、それも難しいのと、病院側が全て入院で必要なものを用意するので、持ってこないでほしいとのことだった


私が翌日東京に戻ることになってたので、最後の面談でまたじいに画面越しだが、会えることになった

ばあを除く家族みんなでじいに会いにいった
妹も東京から戻ってきた

看護師に本人元気に頑張ってるから、あまり思いつめないで
それが本人に伝わるからと言われた


じいは画面越しの対面になるのを、コロナやけん、コロナやけんと言っていた

じいは看護師がくるたび、ばあがおるから治さないけん
ばあの世話は俺がみとるけんって

テレビ電話終わっても看護師が、音声でじいと会話してるのを繋げてくれた

じいのかかりつけ医に電話をし、覚悟した方がいいと言われた
退院どうこうの話ではないけど、じいちゃん頑張る人よねと言われた


ばあの病院は、コロナ病棟にばあもいれられてた
が、じいの病院みたく画面越しでの面会はなし


ばあは食欲ないらしく、帰りたいと言っていて、なんで病院にいるのか、酸素マスクつけてるかわからないから外してしまう
熱もあるが薬飲まないから、氷水で頭を冷やしてますと看護師に言われた


じいとの面談中、なぜかじいはばあが入院したことを知っていた
家族は直接じいに会えないから伝えてないし、病院側が伝えたのかと思った


じいが余計に心配してしまうと思い、なぜじいはばぁが入院をしてることしってるのか?ばあは元気、退院したことを伝えてほしいと看護師にお願いをした


じい少し動けるようになり、回復傾向も見られると聞いたが、翌日じいの酸素投与が13-14リットルと言われる
また、ミトンといって手を縛ることをすると病院に言われた



その2日後、じいの病院へ
酸素投与が13-14リットルから、3リットルに減ったと言われた
前回家族写真アルバムをつくったり、手紙を渡してもらうよう頼んでおいたのだけど、じい喜んでるよと看護師に言われた


じいの年齢的に、コロナになってからが長かったこと、肺の状況的に何があるかわからないけど、きちんと応答するよ、自分の好きなことしてるし、病室の別の患者と看護師の会話を耳立てて聞いてるよと言われた


ばあが住んでた街に行き、ばあの先祖が眠ってるお寺にも挨拶にいった


ままの幼馴染で、ばあの友達の娘のみきちゃんが、じいとばあに旅行のお土産を持ってきてくれたが、東京にいるはずの私たちがいて、祖父母がいないから、みきちゃんたち驚いてた


私もみきちゃんに会ったのいつぶりだろうな感じ
みきちゃんはその翌日から、しっかり食べてねと食事を作ってうちに持ってきてくれるようになった

1/17
ばあが一般病院に移った

1/20
ばあにが一般病棟に移動したので会いにいったが、やはり環境変わったせいか私のことがわからない
おたくは?という聞き方をされた

じいのお尻がアルコール強くて荒れるから、おしり拭きが欲しい
口のケアをしたいので、スプレーものは器官にやられる?から、ジェル買ってきてほしいと看護師から電話があり、買いにいき看護師へ渡す

1/21
ばあの病院へ
この日はわたしらのことがわかっていて、安堵
死んでもいいといわれ、生きるよ!!と伝えた

じいの病院から、じいがゼリー食べたり、お茶飲めるようになったと言われた
正月はと食べてない、飲めない、飲まないだったから、心から安心をした


じいは看護師に孫が書いた手紙ちょうだいと言うらしい
私らは病院へ次行く分をまでの枚数の手紙を看護師に渡していた


1/23
東京に戻る
ほとんど会社に行かずで、上司と面談し、退職することに決める
会社側はまさか私が退職すると思ってなかったみたいだったが、家族と仕事なら仕事優先する価値観になってほしいみたいな言い方をされたので、元々退職したくて転職活動してたしで、決意
休職を勧められたが、冷静に判断し、断った

なぜか支店メンバーみんなで私の退職日を決めることになったが😛一旦1週間最後の仕事をすることに

1/25
家族ラインでじいの病院からの報告を知る
じいが介護申請を受けると言われた
来週からお風呂入れる
テレビをあまりみないらしい(たくさんテレビカード買って渡してもらった)

食欲に関しては食べる意欲がないらしいが、無理やり食べさせてると聞いた

ようやくじいがコロナ陰性になった


1/26
じいは介護5、胃瘻を勧められたと聞いた
胃瘻?介護5?ときいてまたパニック

あんな元気な人がいきなり介護5?胃瘻?ともう信じられない現実と、そこまで悪化させるのかと本当に辛かった


1/27
じあの病院から
リハビリしてるけど、リハビリしたくなさそうと言われた
じいの年齢で肺炎で、この状態というのはなかなかいないらしく、データをとってるから、外部の差し入れは難しいと病院に言われる


看護師が毎日私らの手紙を読んでると言われる
看護師が?とじいが読むではなく?と思い、辛かった

じいの病院は、じぃか退院できそうなことを匂わせてきてたので、そこは素直に喜んだ

1/28
ばあはお風呂に入れてもらったが、ママが病院へいくと車椅子だったとのこと

ばあは退院できそうだったが、酸素ボンベなどが必要でその準備でき次第退院の日が決まると言われる


1/29
じいの車のバッテリーがきれ、エンジンがかからなくなったといわれた


1/31
ママからじいに会えるから面談いつにする?といわれ、2/6の週に会えることに


以前病院から、毎日面会はきつい
じいの体力もあるけど、コロナ患者へは看護師もコロナにかからないようにしなくてはいけないから、病棟にいく回数や、防護服もかぎりがあり、月1面会しかできないと言われたことがあった


私が卵巣嚢腫で入院してたとき、毎日じいは病棟へ来てくれてたから、じぃが私らが見捨てたと思わなければいいなと思い、手紙を看護師に次病院へ来る分の枚数を渡してた