ご訪問、ありがとうございます!

U君は別にタイプじゃなかったけど、流れで付き合う事になりました。

バイトの帰りに、よく近くの海に行って話しました。

12月に入って、生理が遅れてる事に気が付きました。

産みたい!

バイトの給料袋をもって、あてもなく電車に乗りました。

着いたのは難波

二晩ぐらいラブホでいました。

ない知恵を絞って、パチンコ屋の住み込みで働こうと決めたのです。

心斎橋の今でもあるパチンコ屋さん
18才と嘘をつき、かけおちしてきたと話しました。
「自分も同じ境遇」と熱心に話を聞いてくれた店長さん

結局保証人がいるとの事で、諦めました。

先にバイトを辞めて兵庫県のある町で一人暮らしをしていたJ子を頼って、又電車に乗りました。

3時間ぐらいかかったでしょうか。
初めての大きな街でした。

その頃テレビでは見たことのあったローソンが、そこにはありました。
ほんとに夜中空いていました。

田舎もんがキョロキョロしながら着いたのは、町から少し離れた古いアパートでした。

たしか、お風呂とトイレは共同だったと思います。

J子の友達が、彼氏と別の部屋に住んでいました。

J子と友達は、スナックでアルバイトをしていました。

何日かそこに住まわせてもらいました。

その頃から、つわりが始まったのです。
眠たいつわりで、目をあけていられらくなって、ずっと寝ていました。

友達の彼氏が部屋に入って来て、「J子が働いてんのに、お前何寝てんねんムカムカ

その後その彼氏のつてで、近くのパチンコ屋さんで住み込みで働く事になりました。

もちろん嘘をついて

主任さん夫婦とおばちゃん一人、おっちゃんひとりがそこに住んでいました。

後は、通いの人。あんまり覚えていません。

その頃のパチンコはまだ羽根物が主流で、ブラボーやったか?が、出はなの時でした。

U君はフロアーを、わたしはカウンターで出玉の勘定です。

玉を入れる機会が、ちょうどわたしの顔の下ぐらい。それはそれはすごい音で、わたしは今でも耳が少し聞こえにくいです。

おばちゃんのいびりもありました。

ちょうどお正月。

仕事の終わりに、忙しかったからと「大入り袋」が出ました。
中には1,000円入っていました。

1週間ぐらいして、わたしは又眠気と今度は吐き気に襲われて、動けなくなりました。

1週間ぐらい寝込んだと思います。

主任の奥さんが部屋に来て、「主任が呼んでる」と…

胃がちぎれそうになるほど、こっぱみじんに言われました無気力ピスケ

その晩に、2人でそのパチンコ屋さんを出ました。



長くなりましたので、又にしたいと思います。
最後まで、ありがとうございました!
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前の続き

高校は、電車通学でした。

同じ中学からは6、7人ぐらいだったと思います。
地元はまだヤンキーなのに対して、学校ではサーファーなのには驚きました。

友達も、何人かはできました。
クラブはテニス部に入りましたが、夏休み前に辞めました。

夏休みに入るとすぐに、小学校から友達のKちゃんから電話が来ました。
バイトの誘いです。

近くのうどん屋さんです。
わたしはいけたんですが、Kちゃんは家の都合で諦める事になりました。

このKちゃん、キーパーソンですショックなうさぎ

初出勤で店に行ってみると…
系列のレストランの手が足りないとの事で、ウエイトレスをする事になりました。

24時間営業で、4つのパートに分かれる勤務形態でした。

わたしは、4時半から10時。
よそに比べると、時給はいい方でした。

そこの先輩には、中学のクラブの先輩や同じ団地の人もいて、楽しかったです。

年が明けてすぐに、元のうどん屋に帰る事になりました。

そこもいい先輩がいて、すごく面倒を見てくれました。

うどんを作る男の人に混じって、若い男の子がいました。

高校を辞めて、ここに来たそうです。
わたしと同じ年のU君です。

わたしが2年になると先輩は辞めていき、新しい子が何人か入って来ました。
大学生の女の子でした。

夏になる頃には、みんな仲良くなっていました。

元いたレストランからも、深夜で働いていたJ子(鹿児島から出てきて、ここの寮で暮らしている2つ上の先輩)が来ました。

バイトが終わると、よくみんなでご飯を食べたり遊びに行きました。


そんな時、U君から告白されたのです
…続く

最後まで、ありがとうございました!


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中3の夏休み、一人電車で天王寺に行きました。
何をしに行ったかは、忘れました。
どの辺かは忘れましたが、たくさんの人が行き交う中、わたしはぼーっと立っていました。
一人の中年のおっちゃんに、「行こか」と言われてついて行きました。

全く知らん人でした。

少し歩いて着いたのは、ホテル街
これから何が起こるのか、だいたいはわかりました。

階段を上がってふすまを空けると、布団がひいてありました。
下からおばちゃんがお茶をもってきてくれました。

その後は、苦痛でしかありませんでした。
終わった後おっちゃんは、「気ぃつけて帰りや」と2千円くれました。

自分がどんな事をしてしまったのかカナヘイ!?
とも考えもせず、あっさり喪失してしまいましたサッ

その帰りにそのお金で、端布を買いました。
スカートを縫うつもりでした。
結局仕上がれへんかったけど…

3学期になって、そろそろ進路の話の頃
父の工場が閉鎖する事になりました。

退職金が200万ほどあったそうです。
そのお金で、一部屋とお風呂を増築しました。
それまでは銭湯に通っていたので、とても嬉しかったのを覚えています。

その頃のわたしというと…
自転車で30分ぐらいの駅前のファーストフード店に、友達数人で毎日たむろっていました。

別に不良でもなく、いもでもなく、普通の中学生だったと思います。

勉強は中くらい。
一応塾には行っていましたが、テスト勉強などした覚えはありません。


あの頃は看護師になろうと思い、白菊高校が志望でした。
看護大学に進学して、助産師の資格を取って…夢は大きかったあんぐりうさぎ

のちに、そうとうがんばらな無理と言われました。

普通の高校出てからでも看護師の道はあると知ったのは、進路決定ギリギリでした。

看護師を辞めても役に立つかも?と思い、
商業を受ける事にしました。

その頃は、父は失業保険をもらっていて、家計の事を思い、学費の貸してもらえる制度を申し込みました。


無事に合格し、高校生活が始まりました。


長くなりましたので、又にしたいと思います。
最後まで、ありがとうございました!