料理人の声だ。
「え、えぇ、おトイレに」
監督は一目散に部屋に戻りたかったが、ここまで来たことが不自然のような気がして答えてしまった。
ゆっくりと振り返る。
「トイレはそこです。
それが、電気のスイッチございます。」
と指したのは肉をそぎおとした太い骨だった。
ゴムの白い前掛けに血を付けて、骨でトイレを指しているのだ。
「どうも、ご親切に。」
監督は少し早足でトイレに向かう。
《ギィイイイ》
少しきしむドアを開けトイレに逃げ込んだ。
「お客さんだったよ。」
「骨を見られてしまったな。」
「勘のいい人だと明日の計画がバレてしまうぞ。」
遠くで料理人の会話が聞こえる。
トイレで目的を済ませることにこんなに専念したことは無い。