おじ少 106 自分列車運行中 | クーカーの 笑説

クーカーの 笑説

コメディ小説を書いてます。

小説ほど難しくなく
コントほど面白くない
クーカーの笑説
1ページ1分くらいです。
サクサクと読んでくださいませ。

UFOが消える訳についても書かれている。


あれは宇宙人の乗り物という訳ではない。

未来人が空気式タイムワープを可能にした乗り物であろう。

UFO内部には過去の空気を充満させていると考える。
開閉する窓や扉は無い。

空気の気密性を第一に考慮した設計だ。

だから未来人は降りて来ない。
長居もいない。

過去を見物し未来へ帰るのだ。

未来のツアー客だ。

さて、この未来人は現在の時点より12年以上先から来たことになる。

今生きているこの瞬間、より先の世界から来たことになるのである。

もし私がUFOの背中に飛び乗り、未来人が帰るとする。
すると、私はまだ生きていない未来に行くことになる。

しかし、この実験は不可能。


ただ、未来の人生のレールはできているようだ。

先の見えない線路を、必ずある終着駅を目指している。

私たちは、この瞬間、瞬間でポイントを切り替え、減速や加速、たまには脱線をして、自分という電車を運行していく。

人生とは、
1%の出逢いと
70%の生き方と
あとは成り行きなのかもしれない。

成り行きには、どうにもならないことがある。

運命や定めというやつだ。

私は、どうにもならなかったあの日に戻る。

1993年 8月 23日

妻の命日へ