羽生結弦選手応援&HARU
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羽生くんとプーさんのコラボは、とんでもない大規模イベントだった!



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凄いぞ〜ビックリマーク

凄すぎるぞ〜!!


羽生くんとプーさんのコラボ企画 『SHOWER OF HEART - かがやくひかりのプレゼント』って、

とんでもない大規模なイベントだったんだ〜爆笑


  

シブツタから始まるイベントは、その後、来年の6月まで全国6箇所を巡回するのねびっくり


しかも、

プーさん100周年にちなんで、

限定コラボ商品も100種類以上叫び


いやはや、ディズニーのやることは規模が違いますね〜アセアセ


 

日本テレビサービス【公式】サイトにて、詳しく載っておりますが、

このサイトの最初に出てくるポエムメモ

これって、もしかしたら羽生くん自身が書いたポエムなんじゃはてなマーク

このポエムを読んだだけで、羽生くんとプーさんとのいろいろなシーンを思い出してしまうじゃないかぁ笑い泣き


しかも、

一緒に添えてある写真の中で、

プーさんとおでこを突き合わせている写真、めちゃくちゃ刺さりまくってるんですけどお願い

これをぜひアクスタにしてくれ〜お願い


さらに、


「羽生結弦さんが長年にわたり紡いできた「くまのプーさん」との特別なストーリーを、本コラボレーションならではの商品や展示を通してお届けします。」


ってことみたいなので、

もしかしたら、

グッズの中に、羽生くんとプーさんとの物語的な絵本とかあるかも?なんて期待しちゃっても良いですかチュー


さすがに、100種類以上のグッズともなれば、コンプリートすることはできませんけど、

これだ!っていうお気に入りを見つけたいなぁひらめき電球


シブツタのイベント、絶対行くぞ〜爆笑音譜


さて、

昨日のスポルティーバの記事ですけど、

最終回のあの部分、どうやら訂正されたようですねパー


まぁ、

あの部分に限らず、

点数だけでその試合の全てを語ってしまうと、あまりフィギュア界のドロドロ具合を知らない人が読んだら、そうなんだって思い込んでしまいかねないわけで、特に、競技者時代最後の4年間を、あたかも台頭してきた後輩たちに勝てなくなった…みたいな印象操作は、如何なものかって思いますものねうーん


全4回の内、3回までは良い内容だっただけに、ちょっと残念な締めくくりになってしまったかなショック


今日8/10は、シェアプラ4周年クラッカー



やっぱり、シェアプラと言えば、

貝塚さんによる渾身のオシャレな写真たちでしょグッド!







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スポルティーバ記事続きキタ!羽生結弦としての矜持を貫いた競技者時代




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昨日に引き続き、

スポルティーバより、羽生くんの競技者時代、ソチからの8年間の記事がアップされましたメモ



ソチから平昌までの4年間、

五輪王者として、男子シングルを牽引していった羽生くんは、いわゆる“真4回転時代”の土台を作り上げたと言っても過言ではありませんでしたねガーン


王者羽生に勝つためには、構成に高難易度の4回転を入れなければならず、その先駆けがボーヤンの4lz でしたが、羽生くん自身も4loを投入するなど、台頭してきた若手選手たちの追随を許すことはありませんでしたにやり


まぁ、平昌五輪シーズンは、日本のみならず、他国選手たちの、あれやこれやの作戦というか、戦略というか、各国スケ連の思惑がチラチラしておりましたけど、

まさかの五輪3ヶ月前のあの怪我によって、その利害関係者たちは油断しちゃったんでしょうねねー

その後、全く情報が入ってきませんでしたし、あの怪我の重症度なら、欠場も有り得るかもってなりますし、出場しても、まさか高難度のジャンプまでは戻らないだろうって考えるのが普通だったんじゃないかしらうーん


その頃羽生くんは、必死に自身の身体と向き合っていたわけですけど、

実際、平昌入りする前日に4loが跳べて、何とか戦えるってなって、でも、そこまで戻すのに、同時に治療を止めるという決断もしての現地入りだったという壮絶さだったんですよねガーン


あの時、全く情報が入って来ずに年が明け、どうなるのだろうかと心配な日々を過ごしていた私らでしたけど、日テレで羽生くんの特集番組が放送されたんですよテレビ


番組の最後で、羽生くんからの直筆メッセージが流れた時には、どれほど気持ちが救われたことかえーん


そして、

いざ平昌五輪が始まってみると、全てが王者羽生結弦の計画通りに遂行されていった感じでしたグッド!

ほんと痺れましたね〜にやり


連覇後に放送されたNHKスペシャルで、

羽生くん自身はもちろん、羽生くんの怪我からの練習復帰の様子を間近で見ながら、一切口外しなかったハビや、常に側にいて支えていたジスランコーチ、先に現地入りして、あの「ミスター羽生を舐めるな上差し」の名言?を言って、ライバル陣営やメディアを翻弄したブライアンコーチなど、羽生くんがクリケで本当に良かったなって思いましたもの笑い泣き



で、

競技者時代最後の4年間ですよキョロキョロ

本当に、気持ち悪いほどの、もうなりふり構わずなイジメを仕掛けられて、羽生くんも私らも、苦しい苦しい4年間でしたショボーン

羽生くんが一生許さない!って言った、あれとアレですけど、

特に2019-2020シーズンのGPFと全日本は、許し難いものでしたからねパンチ!



この最後の4年間で、私らも競技フィギュアに嫌気がさしたというか、羽生くんが競技から去ったと同時に見限ったわけですけど、

まぁ、羽生くんのことをリスペクトしてくれている後輩たちが出る試合はたまに見ますけど、今だに採点の不透明さがある以上、見ていてもモヤモヤしてしまいますからねねー


羽生結弦が築き上げた一時代が特別だったのは間違いないけれど、それはあくまで、競技フィギュアを発展、進化させようとした、王者としての使命感から切り開いて行った時代なわけで、それを組織自体が踏み躙って今に至るのは、まぁ、自業自得なんじゃないかとえー


まさか、競技者時代が、こんな形で終わるとは思いもよりませんでしたけど、

プロになった今、

新しい仲間たちと、フィギュアスケートの新たな未来を開拓しながら、その手ごたえを感じつつ、充実していると言える羽生くんの姿を見るにつけ、羽生くんを信じて着いてきて良かったなと、つくづく思える日々を過ごしておりますね照れ


折山さんの記事には、ちょいちょい間違った箇所(北京のSPの件とか…)や、点差以上の中身を掘り下げるような書き方はしてないので、ちょっと物足りない感じはありますけど、羽生結弦の競技者時代を簡潔にまとめた記事としては良記事ですので、北京落ちの🪽民さんたちや、プロになってから沼に落ちた🪽民さんたちは、ぜひ読んでみてくださいませグッド!


 可愛いボーダーゆづ〜おーっ!


 🚨2025年じゃないぞ〜




流通別特典まだかなぁチュー




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羽生結弦はいかに覚醒していったのか?〜スポルティーバ良記事をぜひ読んでみて!




【前記事はこちら】


【過去記事はこちら】


スポルティーバより、


羽生くんがシニアに上がってから、ソチオリンピックで金メダル🥇を掴むまでの軌跡の折山さんの良記事ですメモ




この当時は、

まだ羽生沼に落ちていなかった私は、フィギュアスケートのライトファンくらいの感覚でしたから、試合がTVで放送されていたら見る程度でしたテレビ


凄い男子が出てきたなとは思ったものの、

当時は、高橋選手・織田選手・小塚選手の、いわゆる3強時代でしたから、それほど印象に残らなかったのが正直なところショボーン

だって、まだ少年だったじゃないあせる

それが、

カナダに渡ったシーズンに、いきなり頭角を現しちゃいましたからねアセアセ


あの頃、

よく“オーサーマジック”とか言われて、

オーサーコーチに師事すれば、高い点数がもらえるとか揶揄するような声もありましたが、実際、羽生くんの滑りは、この頃から別格だったんだよなぁにやり


しかし、

海外では、早い時期から羽生くんへの評価が高かったにも関わらず、日本は、いつまでもエース扱いしませんでしたよねねー


この記事でも触れているように、

さすがにソチ五輪シーズンは、パトリックと羽生くんが頭一つどころか、他の選手たちとは違う次元で戦っていた感じでしたから、ようやく、日本のエースとして、更には、五輪の金メダル🥇候補として報じるようになりましたけど、それまで、ほんと印象操作が酷かった記憶がぼけー


まぁ、

羽生くんの見据えている先は、日本の…ではなく、あくまでパトリックをどう攻略するかでしたけどキョロキョロ


当時は、

4Tを安定して跳べれば、ましてや、2本入れられれば勝てる時代でしたから、パトリックの4T-3T、4Tの安定感は無敵だったわけですよガーン

そこに、敢えて4Sに挑んだ羽生くんと、クリケの戦略がものの見事にハマったのがソチ五輪シーズンだったんだよねグッド!

仮に4Sを転倒しても勝てる構成、羽生くんの方が基礎点が高かったから、GOEで稼ぎつつ、きちんと演技構成点でも高い評価を得られるように、表現やスケーティング技術も疎かにしなかった2年間の努力が実った結果の金メダル🥇獲得だったわけですにやり


棚ぼたとか、ましてや忖度などではなく、正真正銘の一騎打ちを勝ったんだよねキラキラ


このソチ五輪までの軌跡の中で、もし沼に落ちていたら、見える景色はもっと違っていたでしょうけど、ライトファンならではのワクワク感は楽しめたので、それはそれで良しということでパー


まぁ、

この当時も、採点競技ならではのはてなマークはてなマークはてなマークに、ライトファンながらモヤモヤしながら見てましたけど、

そのはてなマークはてなマークはてなマークすらも、羽生くんの進化のスピードには、もはや虚しい抵抗でしかなかったわけで、その後の8年間(特に平昌五輪後の4年間)の忖度に比べたら、まだまだ競技としてまともだったのかもしれないですねキョロキョロ


競技者時代、

一番絶頂期に沼に落ちて、平昌までは無我夢中で応援していた毎日でしたけど、平昌以降は、羽生くんと同じく、ファンたちも苦しかったなとショック


苦しみの中で、それでも、全身全霊で応援したことは、私らの誇りでもありましたお願い


そして今、

羽生くんが充実しているように、私らも清々しい気持ちで応援できる幸せを噛み締めてながら、これからもずっと、その背中を追いかけていきたいですねニコニコ


ゼロくんキタ〜おーっ!


 






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