(7)新日鉄にどう参入してもらうか

 

 転炉工場のレイアウトや機械の仕様など、技術的な事項はCSCと何度もミーティングを持ち、あらかた合意している。それに基づき、見積価格を含めたプロポーザルはほぼ出来上がり、そろそろ客先とのネゴに入る時期が近づいた。

 そこで問題となるのは新日鉄の協力を取り付けられるかどうかだ。そもそも鉄鋼会社にとって、一連の製鉄操業の中で最も重要なのは鋼(はがね)を作る工程、つまり転炉操業である。これが製品の性能・品質を決めると言っても過言ではない。

 そのため客は日本の鉄鋼会社、とりわけ新日鉄の技術援助を得たいと考えている。その交渉を川重に一任している格好だった。新日鉄との交渉の成功がプロジェクトを受注するのに有利に働くのは想像がつく。

 それだけで決まるわけではないが、不首尾に終われば目も当てられない。交渉の失敗は許されないのだ。幸い受注してプラント機械を据つけたのはいいが、もし操業がうまくいかなければ、CSCから転炉プラントの最終検収が得られない。となると、保留されている最終支払いが行われないことになる。

 この問題に対処するため、早くから課長と私が各々のレベルで新日鉄の海外技術協力事業部にコンタクトした。すぐにイエスの答えを得られるとは思っていない。地道に人的関係を積み重ねる心算だ。もともと課長は相手のC課長と馬が合い、信頼関係が深いのは強みである。

 私も担当者のもとに足しげく通って情報を提供してきた。また実際問題、プロポーザルを作成する上で、機械設計にはほんの一部、操業技術的なノウハウを取り入れなくてはならない。どの転炉プロジェクトでも過去にそうしてきたように、今回も新日鉄から有償で技術を提供してもらうことになっており、それに関するたびたびの折衝は親密度を深めるのに役立った。

 しかし、こんな努力をいくら積み重ねたところで、世界の新日鉄の顔を台湾へ向けてもらうにはあまりにも微力すぎる。はっきり言って、ゼロである。

 そこで課長と相談し、大胆な提案を上層部にしようということになった。新日鉄からの人材スカウトだ。海外技術協力事業部の誰か大物に来てもらえないだろうか。通産省から天下ったK取締役のいい先例もある。彼は穏やかな風貌に似合わず、政府に働きかける腕力と抜け目なさは期待以上のものであることを証明してくれた。

 課長の行動は迅速だった。事業部長とK取締役は即座に賛同。この二人を通じて経営トップの了承を得た。そして信頼で結ばれた新日鉄のC課長を経由し、正式に申し入れたのである。

 名目は「製鉄プラントの設計・製作に必要な製鉄所の操業ノウハウを習得するため」とした。台湾向けという言葉を使っていないし、ましてや台湾の技師たちをトレーニングする可能性があるなど、書面では書けない。しかし口頭で意図を伝えている。

 新日鉄社内では相当な議論を呼んだが、台湾派の役員たちもいて、最終的に同意してくれた。その結果、願ってもない人物が選ばれ、安堵した。川重の理事副事業部長の肩書で、海外技術協力事業部副事業部長のM氏を迎えることになったのである。

「さて、これからどういうふうにM理事に動いていただくか」

 新日鉄は第一歩を踏み出してはくれたが、おっかなびっくりの船出に違いない。中国とのあつれきを招かないよう、あくまでも政府の方向から外れない形で、慎重に第二歩、第三歩を歩んでもらわねばならない。私は大きな絵を描く必要に迫られた。