夢をかなえられる人生より

大阪府高槻市  藤原敦 (46)


  夢や目標、生きがいのある人生こそすべてだと思ってきた。幼少期から絵や文章が好きで、将来は表現の世界で仕事がしたいと思っていた。ところが20代で心の病を患い、日常が暗転した。以後の長きにわたり、「夢をかなえられねば負け」という先入観が支配した。

   長く現実を受け止められず、それゆえ生じた困難はすべて自分のせいだと思い込む、ゆがんだ心境に陥った。けれど献身的な支援者の言葉で原因は病気だと、知った。自責の念が薄らぎ、寛容になった。

   『こころの処方箋』は何度も読み、読むたびに理解と実感が深まるのを感じる。まず「ものごとは努力によって解決しない」の一文に共感した。「努力すればうまくゆく」という信仰にも似た考えに疑問を呈している。

   どんなに頑張っても報われず不運に見舞われることはある。だがそんな時、「不必要に自分を責めたり(中略)他人や組織やいろんなものを憎んでみたり」するのはよくない。「解決などというのは、しょせん、あちらから来るものだから(中略)せいぜい努力でもさせて頂くというのがいい」と説く。

   「心の中の勝負は51対49のことが多い」という指摘も納得できた。意識と無意識のわずかな差。何事もそれほど一方的ではないのだ。

  ふと主治医が、私にとって重要なのは地道に仕事を続け、再発せずに暮らしていけることだと強調するのを思い出した。「夢をかなえられる人生」より日々を健康に過ごし、家族に安心を与えられることの方が大事ではないか。夢への努力は落ち着いた後にやればいい。

   大切なことに気づけたと思った。この発見と感覚を、これからの人生に生かしたい。


令和6年(2024)5月丨24[金]

産経新聞夕刊1面  ビブリオエッセーより

全文引用掲載