あまりにも当たり前の話だが、新しい時代は古い時代を知りうるが古い時代は以降の歴史を知らない。つまり万葉集は古今集を知らずに作られ、古今集は万葉集を読みうる立場で作られた。やがて万葉集と古今集の双方を拝借しうるようになったその後には、たとえば鎖国と儒学の浸透の江戸時代に生じた国学分野での賀茂真淵の万葉調と本居宣長の古今調の研究が生じたり、あるいは桂園派にたいして大正時代の万葉調アララギが生じたりしていますが、やはり『後のものは先を見て、先のものは後を知らず』を特徴とした万葉調と古今調であろう。

和辻哲郎は『万葉集の歌は常に直観的な自然の姿を詠嘆し、そうしてその詠嘆に終始するが、しかし古今集の歌はその詠嘆を何らか知識的な遊戯の枠にはめ込まなければ承知しない』としているが、先のものにとっては直観的な自然をそれぞれ題材にすることが新鮮であったのにたいして、後のものにとっては直観的領域の飽和化あるいはフロンティア領域の枯渇化のために直観的和歌の数々を参考としながら新たな観点を表出しようと新たな知識的遊戯とも思える領域へと移行したのもうなずけよう。後のものは先のものを参考にできる利にある一方、先のものに先取りされた領域では新たな和歌の創出は極めて限られてしまう不利にあるのだ。

万葉派は一般的に古今派の小細工やら遊戯を嫌う。と言うか、小細工と遊戯をそれぞれが創作し合っては評論し合う社会的雰囲気に対抗していたように思える。西欧のルネサンスが伝統化したキリスト教理念に対するギリシャローマ古典の再生のように、飽和化した古今調の小細工の小出しに対する万葉調の再生を目指すかのようだ。



確かに和辻が言う通り、万葉集と比べて古今集には叙情性に欠けるのだろう。しかし古今集は色と香音を用いて、全体(香と音を含む)内の自分の周辺状況(色)の位置を確かめようとするものなのかも知れない。小町の『我が身世にふるながめせしまに』は、まさに自分の周辺が全世界でなくして全世界の内に自分の周辺を位置づけようとしたものに思えるのである。

どうだろう?万葉集は現行の事実収集とその共有化で、古今集が新たな事実収集のための現行不可知領域の示唆と考えてみては。新たなる事実収集を諦めながら現行不可知領域を普遍的不可知領域とすることによって『もののあはれ』の美が固定化され、そこに新たなる事実収集への意思を加えようとする万葉調なのか?

ああ、楽しすぎるサラリーマン川柳とは万葉調なのか?それとも古今調なのか?