トーリーデモクラシー(Tory Democracy)は、19世紀後半にイギリス保守党のベンジャミン・ディズレーリらが提唱した概念で、伝統的な制度(君主制や貴族院)を維持しつつ、保守党が労働者階級の利益を代弁し、社会改革(福祉政策)を推進することで支持を広げようとしたパターナリスティックな政治姿勢です 
現代のイギリス政治における「右派の左傾化」と「左派の右傾化」という潮流と合わせて、以下に解説します。

1. トーリーデモクラシーの本質と文脈
「一国保守主義(One-nation conservatism)」とも呼ばれ、社会の分断(富裕層と貧困層)を改革によって統合し、国家の一体性を維持することを目的とする
資本主義の弊害(格差)を否定せず、むしろそれによって生じる社会的不安を、上層からの保護(パターナリズム)で軽減するアプローチ。
特徴: 強力な帝国主義的ナショナリズムと、公衆衛生や労働環境の改善といった社会政策の組み合わせ。 

2. 右派の左傾化(現代の保守党)
現代において保守党(Tories)がトーリーデモクラシー的な動きを再確認する傾向が見られます。
社会経済政策の介入主義化: 小さな政府を志向するサッチャー主義から転換し、インフラ投資、地域格差是正(レベルアップ)、NHS(国民保健サービス)への財政投入など、国家の介入を強める傾向(特にボリス・ジョンソン政権下)。
大衆迎合(ポピュリズム)の要素: 伝統的なエリート主義よりも、EU離脱支持者やブルーカラー層の支持を重視し、移民制限や文化戦争(Culture Wars)を重視する傾向。 

3. 左派の右傾化(現代の労働党)
労働党もまた、政権奪還のために思想的・政策的に中道へシフトしています。 
経済政策の穏健化: 2024年の総選挙で勝利したキア・スターマー指導下の労働党は、急進的な増税や国有化を掲げたコービン時代から転換し、財政規律を重視する「中道左派」へ回帰。
ナショナリズムの容認: EU再加盟に否定的な態度を取るなど、右派的な感情への配慮を見せる。 

4. 現代政治の構図:収束と不信 
現在では「左傾化した保守党」と「右傾化した労働党」が中道で接近(コンバージェンス)しており、この両党がどちらも既存の安定や特権を守る「新自由主義的」な政策から脱却できていないことへの不信感が高まっています。 
政治的スペクトラムの混乱: 伝統的な「左=格差是正、右=特権保護」という構図は、文化的な軸(社会的保守・リベラル)へ移行しつつある。
ポピュリズムの台頭: 二大政党の接近により、改革を求める有権者は「リフォームUK(右派ポピュリズム)」や「緑の党(左派)」などの第三党に向かう傾向がある。

まとめ
トーリーデモクラシーは、保守主義が生き残るために社会的な不満を取り込む手法であり、そのDNAは現代の右派の介入主義的政策や、左派が中道化する中でのナショナリズム重視の政治に影響を与え続けています。

イギリス政治における「クロスベンチャー(Crossbencher)」は、主に貴族院(House of Lords)において、どの政党にも属さない無所属の議員を指す言葉です。彼らは政策の良し悪しを党派的視点ではなく、専門知識や良識に基づいて判断する役割を担っています。 
メディアは、政府や政党の動向を報じることでクロスベンチャーの投票行動や世論形成に間接的に影響を与えています。 

1. クロスベンチャー(貴族院の無所属議員)の役割と特徴
定義: どの政党の「鞭(党幹部)」にも従わず、独立して投票する議員。
配置: 貴族院議場の政府側と野党側のベンチの間に座ることから「クロスベンチャー(交差するベンチ)」と呼ばれる。
構成員: 専門家(科学者、医師、元高官、元裁判官、スポーツ選手など)が主に任命される。
影響力: 2024年6月時点で約181名(全785議席の約24%)を占め、第3の勢力として政府の法案に対する修正案を主導するケースが多い。
目的: 党派的な政治闘争を避け、専門的な見地から政府の政策をチェック・修正する(第二院としての機能)。 

2. イギリスのメディア環境と政治への影響
イギリスのメディアは高い党派性を持っており、政治アジェンダの設定に大きな影響力を持っています。 
タブロイド紙と保守・右派の親和性: 『ザ・サン』や『デイリー・メール』などは保守党寄りの報道が多く、世論や政治家に影響を与えている。
保守的な所有構造: 主要全国紙の約75%が保守党を支持する大富豪によって所有されているという分析もある。
世論と議員の橋渡し: メディアの報道は世論を形成し、それがクロスベンチャーの判断材料となる。
放送メディアの制約: BBCなどの放送メディアは政治的な中立性が求められている。 

3. クロスベンチャーとメディアの相互作用
クロスベンチャーは特定の党派を持たないため、メディアの報道や世論の動向に敏感であり、メディアを通じてその専門知識を政治プロセスに反映させる手法をとる場合があります。 
専門知の発信: メディアを通じて、自身が専門とする分野(環境、教育、健康など)の法案に対する懸念や提案を発信する。
政府への圧力: メディアが政府の法案を批判的に報じた場合、クロスベンチャーがその波に乗って投票行動を決め、政府を敗北(修正)させるケースがある。 

まとめ
イギリス政治におけるクロスベンチャーは、「専門的知識を持つ無所属の良識派」として、政治的二極化が進む中での調整弁の役割を果たしています。メディアはその過程で、特にタブロイド紙などが強い影響力を持ち、クロスベンチャーの議案審査の背景となる世論環境を醸成しています。 

ルソーは『社会契約論』第3編第6章の中で、マキャヴェリが「君主たちに教えるふりをして、人民に大きな教訓を与えた」と述べている。


マキャベリズムの内容の是非よりも、マキャベリズムの社会的な知識普及の現実を見よ、ってことかな?