ノンフィクション作家の石井光太さんの作品を2冊読ませていただきました。

石井光太 著者は「鬼畜の家」「ルポ 誰が国語力を殺すのか 」「 本当の貧困の話をしよう 」など多数。

世界と比べてわかる日本の貧困のリアル[本/雑誌] (PHP文庫) / 石井光太/著

 

石井光太さんは「日本と途上国では貧困の概念が別物である」と言います。


途上国の貧困は「絶対的貧困」であり、1日あたり1.9ドル以下(生存ぎりぎりのレベル) で暮らしている状態だそうです。


他方日本のような先進国では「相対的貧困」と言われ、 今の日本では単身所得年収が127万円以下となっています。(国民の15.7%、片親家庭は50%、65歳以上の単身女性の44%)


日本の生活困窮者と途上国の貧困には違いがあります。日本の公立小学校には富裕層から貧困層まで様々な階層の子供がいますが、途上国では富裕層と貧困層の住む地域が違うため、富裕層の通う小学校、貧困層の通う小学校が明確に分けられています。


また日本のホームレスは高齢の単身者ばかりですが、途上国の路上生活者のほとんどは家族連れだそうです(家族全員で路上生活者となる)。途上国では街に境界線となるストリートがあり、富裕層の住むエリアとスラム街との棲み分けがなされています。(タウン・ ダウンタウン・スラム)


 途上国は「分断型都市」で、日本は「混在型都市」です。日本ではスターバックスでTシャツにスニーカーを履いてコーヒーを飲む人物が、富裕層なのか貧困層なのかはまるで見分けがつきません。→ 日本では貧困が表面化しづらい。


日本で生活困窮者が「コミュニティ」に参加できない要因として、低所得に苦しむ人々が抱えるパーソナリティの問題(知的・発達・精神障害など)があるそうです。( 「最貧困女子」という書籍の中で鈴木大介氏も同じことを言っていました) 様々な理由から性格が粗暴になり、円滑なコミュニケーションが取れない劣等感の中で、人と繋がることを避けてしまいます。


現代の日本社会においても、経済的に豊かではない家庭の生徒は親に負担をかけまいとして大学受験をしない傾向にあるそうです。ある高校では、入学当初から就職を希望する生徒の8割以上が、所得の低い家庭の子供となっています。


(図表 本書 p124より)

途上国においては 子供の多さは生活の安定となります。(誰かが困った時には必ず家族や親族が手を差し伸べる、お互い様の関係性) また途上国では階層によって住む世界が異なるため、富裕層と貧困層が出会って結婚をすることはないそうです。

それに対して日本では、大企業においても正社員から派遣社員に至るまでが 同じ空間で働くため、結婚による階層の逆転(貧困層の人が富裕層の人と結婚)により、経済的な富を手にすることもあるそうです。現代のマッチングアプリなどもその一例だと思います。

途上国と日本の貧しさには様々な違いが見られますが、 日本の貧困には「孤立化」が顕著にあり、物理的な支援だけを受けても、精神的な孤立からは見放されてしまっている人々がいると石井氏は指摘します。

同じ「貧困状態」でも日本と途上国には様々な違いがあり、日本における貧困の大きな問題点には「関係性の希薄化」が大きく横たわっていると感じた一冊でありました。

次回は石井氏の「物乞う仏陀」より、途上国における驚くべき人身売買や臓器売買の実態について綴ってみたいと思います。
【中古】物乞う仏陀 / 石井光太