沖縄本島中部の小学校の女性教員が6月、 授業中に特別支援学級の児童が騒いだ際、「 うるさいと思う人、 邪魔だと思う人は手を挙げてください」 と発言していたことがわかった。 教育委員会は「 不適切な言動」 そして教員を口頭で注意指導した。 教員と校長は児童の保護者に謝罪した。
Yahoo ニュースにもこの問題は取り上げられていて、教師への批判が当然殺到していたのだけれども。

「迷惑をかけてしまう人」
「迷惑をかけられてしまう事を許せない人」
この関係性のバトルは どのようなパターンにおいても目にしてしまいます。ショック


先生への批判は確かにすごいけれども、先生もここ数ヶ月ずっとお一人で悩まれていたのかもしれない。もしかしたら授業を妨害され続けて、誰にも助けを求められずに爆発してしまったのかもしれない。 先生ご自身が完璧主義や衝動性の強いタイプで、人の気持ちを思いやるのが苦手だったのかもしれない。ぼけー


みんなの授業を妨害してしまうような子供は、最初から同室にさせるべきではないとおっしゃる方もいるかもしれません。 そういう子供達には専門の教室を与えるべきであると。 また、授業が多少妨害されようとも全ての子供は共に学ぶ権利があるとおっしゃる方もいらっしゃることでしょう。


例えばマスクを体質的にどうしてもできない子がいるとして。 そんな子供を見たら衝動的に怒鳴り散らしてしまう大人もいるかもしれません。この「秩序を乱す人間を許せない」 という感情は、 この先生の場合に限らず様々な場でも見ることができます。「秩序を乱す人間を許せない」人々にもまた、抑えきれない特性があるのではないか。


「 これは指導の一環であった」という先生の主張は、自らの正当性を訴えています。「 貴方が間違っていたから私は貴女を正したのだ」と。

私はいつもこの両者の狭間で揺れ動いています。
「迷惑をかけてしまうとされる人々」
「 迷惑をかける人々に対して憤慨する人々」

この両者の関係性は永遠に終わらないのでしょうか。どうしたらいいのだろう? どうするべきなのだろうか? 考えても考えても、いつも答えが出ないのです。ショボーンアセアセ