こちらの続きです。


【中古】 らも 中島らもとの三十五年/中島美代子【著】

…らもさん。


…いくら才能があって、モテたとしても。

惚れて一緒になった女房を、あんなにも悲しませる男を、“いい男”って呼べるのかな。


本書p71引用(奥様の著書より)

ミーは昔のいろいろなことを思い出してしまって悲しい。ひどい。ミーがもっといい子だったら、ラモンはほいほい出かけたりしなかったろうか。

でも、ミーには力がない。みじめ」


らもさんが結婚した奥さんは、「輪郭のゆるい女性」に見えた。

彼女のどうしようもなさや、

社会と折り合いをつけない生き方が

彼にとっては最高の“自由”に見えたんだと思う。

でもその自由は、彼女の自由じゃなくて、彼が好き勝手できる自由だったのかもしれない。


本書p83引用(奥様の著書より)

この日の日記に、私は書いた。

「興奮の結婚式。ミーはちょんちょんしておった。

ラモンは緊張している中にも猫背でうろうろしていた。

メシ、あまり食えなかった。

あちこち全員忙しく、ヒス起こす人もなく、まずまずであった」


彼女のご両親は、5万坪の土地を働かずに切り売りして没落していったし、彼女自身も苦労を知らずに育った、“感性寄り”に生きてきた女性。

らもさんのグラグラした精神に、彼女の“ふわふわ感”が噛み合って、奥様には惚れたというよりも、共鳴してしまったのかもしれない。


でも、奥さんは本当は「自由な女」なんかではなく、
「らもの“妻”という居場所を守るために、どんな形にでも自分を折り曲げていく女」だった。


らもさんの作品には確かに光るものがあるし、才能やユーモアも素晴らしかった。


でも、私生活や思想の根っこにあるものが、あまりにもズレすぎていた。

親に払ってもらった一軒家で

幼い子供がふたりもいるなか
毎晩のように仲間が集まって

家庭の境界線が、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされていく。


「あの頃、らもも私も何人の人と寝たんだろう」(引用)

そんな家で奥さんは、彼が持ち込む無茶に、「拒む」という選択肢を奪われていった。 

…“中島らも”みたいな狂気を抱えた天才と暮らすって、

こういうことなのかな?


…それって、女がズタボロになっていくって事だ。


“才能があること”を理由に、
浮気や暴力や身勝手が、正当化されていく世界。

ミーさんはそんな道を歩いた。
「天才の女房」という肩書きの下で。


らもさんは睡眠薬やお酒を飲んでは、奥さんに暴言を吐いた。

「お前は生きている価値もない、最低な女だ」って。


奥さんの不安定さは、
もしかしたら、
「愛されたくて、でもどうしても愛されない」っていう
長年の渇望の形だったのかもしれない。


奥さんは、言葉で自分を語るのが苦手な人だ。


語らない彼女は、らもさんの内面の映写スクリーンだった。

彼の欲望も理想も、全部投影できる“空白”があった。
だから、理想の女神のように輝いて見えた。


でも結婚して暮らしが始まると、空白は“余白”じゃなくなることがある。 

「あれ? 本当に語らないんだ」 

「空白じゃなくて、空洞だったのかも」

沈黙が美学じゃなく、“対話の欠如”に見えた瞬間、
それまでの神話が、現実に剥がされていく。 


そこで出会ったのが、言葉で世界を組み立てられる劇作家の女優。 

芯があって、思想があって、対話ができる。 

らもさんは、そっちに惹かれていった。

2人で劇団を立ち上げて

妄想から、共創へと夢中になった。 


…ちなみにね、この物語のラストは、こうなってる(※奥様の本の記述より)。 


お酒と薬に呑まれながら、らもさんはその女優ともぶつかってしまう。 

「彼女の我が強すぎて、らもさんの“やりたいこと”が見えなくなった」…そんなふうに書かれてた。


そして、らもさんは劇団から距離をとる。 

女優は、劇団員の男性と結婚した。


らもさんはね、15年ぶりに

奥様のもとに戻るんだけど、奥様は帰ってきたらもさんを温かく迎え入れた。


そこからしばらく、また2人は昔のような仲良しに戻っていく。 


……でもある日、らもさんは事故で、52歳で亡くなる。 

彼の最後は、あまりにもあっけなかった。


…本当に、彼の生涯は小説のようだった。


こうして見てみるとさ、

「語らない女」は、
空っぽなんかじゃなかったんだよね。

語らないだけで、
ぜんぶ見てて、待ってて、
戻ってきたら、そっと両手を広げてくれる。

その愛情は、彼の最後の帰る場所だったのかもしれない。


最後に奥さんは、らもさんを受け入れたってのがすごいと思わない?


「らもが帰ってきてくれた」って、大喜びして。


奥さんは、彼の目が見えなくなったとき、
その目の代わりになるように、
彼の“言葉”の代筆者になった。

📖 そして2人で、最後の物語を書いた。

彼が語る。
彼女が書く。

らもさんの中にある物語が、
彼女の手を通って、小説になっていく。

中島らもは、最後に「語らない女」と共に、
自分の言葉を語り尽くした。


本書P201より

私は小さな頃スーパーマンになりたかったけど、らもと出会ってからは、らもが私のスーパーマンだった。らもと家族になれたこと、一緒に生きてこられたことが、この上もない幸せです。


「私の夢はらものお嫁さんになること。だからもう私の夢は、全て叶えられたの」


彼女は本の中で、何度もこのフレーズを使っていたけれど。女の影は消えない。家庭は顧みない。暴言の嵐。 

…それでも最後まで、彼のもとを離れなかった。

奥さんは「私は幸せでした」って、美談で閉じてるでしょ。

なんで戻れる?なんで許せる?なんで“幸せ”って言える?
私には、そこが分からない。
美談にできる人の心の仕組みが、私にはまだ解けない。

だからこそ、引っかかったまま終わった一冊でした。
…不完全燃焼で、今日は終わる。ショボーン